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「好きです」
「嫌です」
即答だった。
なぜだ。準備は万端。今朝の占いだって、恋愛沙汰にはハートが五つ並んでいた。
僕はがっくりと肩を落とし、気圧に潰されそうになりながら、誰もいない屋上で、ただただ予鈴の音を聞いていた。今日はこのまま帰ろうかな。
「あんた、これで何人目?」
頭上から、容赦ない言葉が降りかかる。
「十二人」
「昨日は十三人って言ってなかった?」
「いーじゃんよー、一人二人違ってたって」
見上げると、屋上と校舎を隔てる昇降口に、足をぶらぶらさせながら、つまらなそうな顔で僕を見つめる赤い目が二つ。
「あんた、それでも言霊遣いの末裔なの? 女の子の一人や二人、その力で口説けないの?」
「無茶言うな」
僕、つまり新藤侑の家系は『言霊遣い』で、言葉で事象を縛る。なので、本来なら告白程度で躓くはずはない。
が、残念。僕はその力を継いでいない。親父曰く「そんな旧い力で物事を解決する事自体、時代遅れだ」と言い放たれ、奥義だとか秘技だとか、一切教えてくれなかった。
もちろん、僕だって、そんな力に頼るつもりはない。
——そんなので相手をどうこうしようなんて、ずるいじゃないか。
「ずるいとかずるくないとか、そんなの、相手が決める事でしょう?」
——その相手がいなきゃ、そもそも力があったって意味ないじゃんかよ!
「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」
「あのさ」
僕は、ため息をつきつつ、先ほどから心中を察しまくる声の主を見上げた。
「心の声読むの止めてくれない?」
「あら」
その少女は、ふわりを宙に浮き、静かに僕の目の前に着地した。
重力やら体重やらを無視した動きだった。
「あんたの場合、わざわざ心の中のぞき見る必要がある? 顔に出まくりよ?」
心から面白そうに、ニヤニヤと笑う少女。僕の幼馴染みにして、お隣さん。そして何を隠そう、死神の家系だ。
「あたしの名前、言ってみなよ? 力使ってもいいから」
「だから使えないんだって。知ってるくせに」
「もしかしたら、使えるようになってるかもよ?」
それは無理だ。
親父から『引き継ぎ』をしていない。そもそも、僕に素養があるかも分からない。
「だから無理だって。優里。お前、全部分かってて言ってるんだろ? もう放っておいてよ、もう」
「いくじなし」
「だーかーらー」
駄目だ。この死神に何言っても。一言えば、十倍ダメージ確実な言葉が返ってくる。
つい数分前に失恋した僕に対して、労いとか慰めとか、そんな言葉を求めても無駄。だって死神だから。
「あ、今失礼な事考えたでしょ?」
つん、と唇を尖らせる。ふわふわの茶色がかった髪が、気まぐれな風で揺れる。優里——神崎優里は、大人しくしていれば、可愛い部類だ。実際、僕以外には人当たりのいい、陽キャで通っている。クラス委員長まで勤め、成績の常に上位。そんなヤツに僕の気持ちが分かるはずがない。
「……もう、あきらめてあたしにすれば良いのに」
「は? 今何か言った?」
「もうあんたは誰に何言っても振り向いてもらえないから諦めれば? って言ったの!」
そう早口でまくしたてる彼女は、なぜか怒ったように、そっぽを向いた。
「何だよ。大体、仮にだよ? 僕がお前に好きだとか言っても、それ駄目だろ?」
「何で?」
優里の態度が一変した。
挑みかかるような視線。背後に、何やらもやっとした影が揺らめいた。
「何であたしだと駄目なのよ?」
「死神だから。悪魔と契約結ぶようなモンだろうが」
「失礼な! あたしだって、魂を刈り取る相手くらい選ぶわよ。誰があんたなんか」
「ええ、ええ、そうでしょうよ。どうせ僕は人外にすら相手にされませんよ、どうせ」
「そんなのやってみないと分からないでしょ?」
「は? 僕に、お前に魂を捧げろってのか?」
「だから、あたしだって、誰でも良いわけじゃないって、さっき言ったじゃん!」
ほぼ喧嘩口調で、言い争いをする僕たち。
こうなると、もう止まらない。
無意識に言葉が紡がれ、そして戻ってくる。
——あれ? なんかこんな事前にもあったような?
ほぼ反射的にぐさぐさと言葉を突き刺し合を繰り広げる中、僕の頭の中に、小さい頃の記憶がぼんやりと浮かんだ。
幼稚園かな?
優里と僕が、園の庭のど真ん中で、今みたいに言い争いをしている。
幼い頃だから、言葉自体があやふやで、意味不明。
そんな中、はっきりと形になっていた言葉があった。
「優ちゃんは僕のこと嫌いなの? 好きなの?」
「好きだってば! いつも言ってるでしょ?」
——あ。
唐突に理解した。
そうか、僕は自分の言葉を、純粋な『言霊』として優里に投げかけ、それに呼応した。
つまり。
「あー、ちょっとタンマ、タンマ!」
「何よ、いきなり」
いつの間に出したのか、優里は大鎌を両手で構え、僕に斬りかかろうとしていた。
「いや、それで何するつもり?」
「あー、斬りかかろうと?」
「冗談じゃない。死んじゃうよ、僕」
「大丈夫よ、あんたに振るったって死にゃしないから。だって……」
契約したから。
幼い頃、僕と優里は日常の中で、いつの間にか契約していたんだ。
死神である優里は、魂を刈り取る相手を選ぶ事が出来る。
そして僕は、多分もう使う事がない『言霊』を、優里にぶつけた。そして優里は、それに応じた。
「と言う事だよね?」
「何訳知り顔でドヤってんの?」
「いやほら、授業始まっちゃうよ? 優等生だろ? お前。内申に響くんじゃない?」
「余計なお世話!」
「それより、優里の鎌で僕が死なない理由、教えてくれる?」
「……っ」
そういう事だ。
僕の『告白』が成就しないのは、すでに相手がいるから。
目の前にいるから。
——だろ? 優ちゃん。
見ると優里は、耳まで赤くなって、押し黙っていた。
「もう……やっと気づいた」
「まぁね」
今度は、僕がニヤニヤする番だ。だって、僕に最初に『告白』したのは、目の前の死神なのだから。
「もういい! 行くわよ! 授業に遅れるから!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はいはい」
了
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