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好きな人も恋人も、まともな友人さえできたことがない。
そういう人生なんだと折り合いをつけて二十年余り生きてきた僕だけれど、昨日からずっと噛み砕けない出来事に見舞われていた。
「どうした山中。朝から何回もため息ついて」
「あ、関くん……いや、ちょっと夢見が悪かったから引きずってて」
「なに、悪夢でも見たのか」
確かにため息はついていたけれど、限りなく存在感が薄い僕の挙動に気付いている人がいるとは思わなかった。
突如背後から声をかけられたことにも密かに驚きながら、どんな夢? と尋ねてくる同僚の関へ簡単に理由を話し始めた。
「宝くじを当てる夢だよ」
「へー……? え、どっちかっていうと、いい夢じゃん?」
「当たった後の流れがひどかったんだ。全然知らない人とか、普段冷たかった人達にバレて、ぐいぐい距離詰められたりして……」
その手のひら返しがリアルすぎて気持ち悪くなり、寝起きから肉体と気分が重く沈み込んでいた。とはいえ、明るく尋ねてくれた関に気持ち悪かったとまではさすがに言えず、びっくりしちゃってと濁しながら伝える。
すると関は理解を示すように頷き、ポンポンと肩を軽く叩いて笑顔を向けてきた。
「まぁ所詮夢なんだし、あんま気にすんなよ。世の中そんな悪いやつばっかじゃないって」
「……」
関にとっての『悪いやつ』は、確かにそれほど存在しないのだろう。
なぜなら彼はホストでもできそうなぐらい顔が整っていて、声も女性受けしそうな甘さを含んだ心地よい低音だ。おまけに身長が高く服のセンスも抜群で、上司からの評価が高い。同期で入社したとは思えないほど社内での立場は強く、誰よりも早く出世するだろうと囁かれている。
そんな彼に嫌われるようなことをする人間なんて、いるはずがない。
友達もきっと多いんだろうなと激しいスペックの差に小さくため息をついたが、それでも憎めないのは、彼がとても善良で親切な人だからだ。
なにかと孤立しがちな僕を食事に誘ってくれたり、一人になりたそうにな素振りを見せていれば空気も読んでくれる。程よい距離感で付き合ってくれているのだ。
友達と言うにはまだ烏滸がましいかもしれないけれど、関にだけは、もう少しだけ疲弊している理由を伝えてもいいかもしれない。
ーーそう考えてしまったのが、運の尽きだった。
「……あの、関くん」
「うん?」
「実は、さ。本当に、宝くじ当たったんだ」
「えっ?」
「だから余計に、さっき話した夢が悪夢に思えたのかも」
心配してくれたかどうかは定かではないが、一応、心配かけてごめんねとぎこちなく笑みを浮かべる。
すると関は目を輝かせ、ずいと身を乗り出しながら尋ねてきた。
「マジ? いくら当たったの」
「え、えと……一千万円……」
「いっせんまんえん!?」
「うん。あ、あと、もしよかったら普段のお礼に今度奢っ」
あくまでも、お世話になっている関にだけ伝えるつもりだった。
だが、裏表のない関はごく自然に無邪気に、フロア中に響くような大声を上げてその秘密を伝えてしまった。
「すごいっすよ! 山中、一千万円も宝くじ当てたんだって!」
「ええっ!?」
「一千万!?」
「……っ!」
途端、関のことしか見えていないような素振りをしていた社員達が、わっと声を上げて駆け寄ってくる。
そしてさっきまでの態度が嘘に思えるほど気安く、口々に話しかけてきた。
「山田くん、前からちょっといいなって思ってたんだよね」
「あたしもー。山田くんってなんか癒されるよね」
その女性社員達は常々、僕の背が低いことや地味な顔であることを馬鹿にしていた。直前に関が口にしていたのに、早速間違った苗字をつぶやいたのが、僕自身にまったく興味がない証拠だった。
「山田ぁー、俺ら友達だよな」
「仲良しの同期だもんな」
男性社員達は常々、僕には絶対女性経験がないとか、罰ゲームと称して女性社員をけしかけなにかとちょっかいを出してきた。
苗字の件は言わずもがなだが、こんな状況でも関は、僕が話題の中心にいることを心から喜んでうんうんと頷いてしまっている。その目には、友達ができてよかった、もしかしたら彼女もできるのでは!? という純粋な期待に満ちていた。
やっぱり彼の目には、『悪いやつ』がそもそも見えていない。もしこれで友達や彼女ができたとしても、明らかに金に釣られた人達に過ぎないのに。
僕から見ると今囲んできている人達は、全員怪物にしか見えなかった。
(……好きな人も恋人も、まともな友人さえできたことのない僕でもわかる)
一千万円でここまで手のひらを返す人達はもちろん、優しくて気遣い屋の関くんにも、本当は百倍以上の金額が当たっているなんて言わないほうがいいのだろう。
了
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