「WAR・TОURIST」

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 「俺の叔父さんは全然知らなかったが、所謂 “WAR・TОURIST(ウォー・ツーリスト)”だったらしい」 職場の“E”の話である。 ウォー・ツーリスト(戦争観光者)とは、紛争地帯に関係のない余所者…つまる所、部外者が戦場に赴き、現地の様子を観光したり、配信、もしくは簡単なアルバイトを行う行為… 赤十字や国境なき医師団とは、また違う彼等の目的は様々だ。 「叔父さんの場合は、トラック運転手だったが、職場でウサがたまって、自分探し…かなり、ヤバいトコに行きたがってた。それでいて、中東とかの激戦地は、自分の命が危ないって言うチキンぶりを発揮して、戦争中の場所じゃなくて、戦後…戦争のあった場所に渡航した」 彼の叔父が向かったのは、アフリカ小国の元戦場跡地… 大国の利益によって食い物にされ続けた大陸の馴れの馴れの果て…未だに片付けられてない瓦礫、砲弾と銃弾の空薬莢が道路を占拠、死体がないのが不思議と言っていい光景… 空気も悪い。腐臭や薬品の臭いが漂う。住民達のほとんどが手足や体の部位を欠損している。 政府も反政府ゲリラも見捨てた地… 時折、港に来る外国の船が唯一の補給路であり、町のライフライン、食料などの生活物資を持ってくる。 陸路はゲリラの領域。叔父もこの船に乗って来た。船の中は白人が多かったが、東洋系のセールスマンも乗っており、日本人は目立たなかった。 叔父は、自身が決して味わう事はない “味わなくて良かったけど、見てみたい”地獄の跡地を存分に満喫する。 加えて、この旅行には予期しなかった“サプライズ”があった。 “カマワ”と言う孤児の少女が叔父に懐いた事だ。 叔父は幼児性愛者と言う訳ではなかったが、彼女の体は叔父の好奇心を擽る要素があった。 カマワは右手、片足の指も何本か失くしている。その姿は “自分がこうならなくて良かった。やはり、自分の人生は素晴らしい” と言う確かな補償を示してくれたし、船から降りない外国人の中で、唯一、町に来た余所者を何処か、遠ざける住民とは違い(怯えていたのかもしれない)英語を話せる彼女は街を案内してくれる。 加えて、お礼に、食べ物や日本のお菓子を渡すたび、神様を見るように感謝され、戦勝国の兵隊が占領国の飢えた子供にチョコレートを投げる優越感を体験させてくれもした。 そんな、上から目線の施しと悲惨な環境で暮らす人々を充分に憐れみ、親しんだ叔父は、慣れない外国暮らしで体調を崩した事もあり、1週間の滞在を終える事を決め、 名残惜しみながらも、船に乗る日の夕方… カマワが嬉しそうに走りよってきて、叔父にある報告…いや“告白”をした。 「オージ(叔父の呼び名)あ、ゴメンね。 まだ歩くのに、慣れてなくて(叔父の前まで来たところで、転んでしまった) サヨナラの挨拶と一緒に嬉しいホーコク、私の売れたよ!5万〇〇で! (紙幣単位によって国名がわかるので、この表記にした)」 喋るカマワの表情は本人の嬉しそうな声とは逆に、醜く歪んでいる。その筈だ。彼女の片目は失くなっていた。恐らく、棒状の何かで目をえぐり出したのだろう。 目の下には穴が空き、黒い血が詰まっている。 「い、一体どうして?」 恐ろしい話を聞かされる気がした。だが、聞かずにはいられなかった。叔父の頭の中で何かが繋がり始めていた。見捨てられた地に未だ住み続ける体を欠損した住人達と生活物資を運んでくる外国の船、それらを買う金はどうやって捻出する?空薬莢と瓦礫だけ、死体一つもない地で?… 叔父の問いにカマワは小首を傾げた後、笑顔で口を開く。 「知らないの?生きてる体は高く買ってもらえるんだよ?昔は死体を売ってたの。だけど、無くなっちゃったし、外国の人も生きてる人の方が良いって言い始めて… 臓器売買?ウーン、ちょっと違う。私達の町で使われた“とくしゅばくだん”の効果を研究するために使うんだよ? (※特殊爆弾とはフランス軍がアルジェリア独立戦争で初めて使った戦術的隠語。それ以降、各戦争で大国が使う“言い訳”のために、用語に若干の差異はあるものの、用いられている。内容としてはナパームや化学兵器、原爆級の爆発力を持つ気化爆弾等を戦場に投入する際に、国際批判を避けるため、無線や作戦会議等で特殊爆弾と呼び、その存在を秘匿しつつ、使用する事を指す) 私達に使った爆弾をもっと強くするため、他の戦争でも使うために研究するって言ってた。白い人も、黄色い人も争って、私の目の値段を決めてくれたよ。 足の指と片手は売っちゃったから、残るは片目…次売ったら、暮らすの大変だけど…でも、オージがいてくれるなら…」 震える叔父の前でカマワは褐色の頬を染める。 「だってそうでしょ?オージだけだよ?船から降りてきた外国の人は?皆言ってる。 “ここの土地に3日も暮らせば、確実に汚染される。政府もゲリラもそれを知ってるから、私達を放っておくし、外に出さない”って。 体に不調はない?最初に会った時より、顔色悪いよね? オージは自分も私達みたいになるって決めたから、外の世界から会いに、救いに来てくれたんだもんね?大好きだよ!オージ!! 私はもう売れないけど、オージなら、まだ五体が満足な体だから…」 叫び声を上げ、笑顔のカマワを突き飛ばした叔父は、逃げるように、船へ乗った。日本に着くまでの洋上では、乗船客達の自身を値踏みするような視線が耐えられなかったと言う…  「叔父さんは日本に戻った後も、体調が優れなかったらしい。1人暮らしで仕事も出来ない。生活困窮の窓口に行っても、該当なし…窓口の奴にも “国が渡航禁止出してる場所に、勝手に行って、変な…指定難病引っかからない病気を扶助する制度はない” って言われた。自己責任だな。全く… 迷惑な話だ。関係ねぇーとこに首突っ込むから、いけねぇんだ。平和な世界を享受してりゃ良かったのによ。 まぁ、結局、生ぽを頼る段階で、ウチに連絡があって、援助する流れになった」 Eの話によれば、叔父は家族の援助を受け、病院に入院するも、一週間と経たずに亡くなる。 「もう、顔とかグズグズで防菌シートに覆われてるのに、臭いが酷くて…俺は外国の女から、変な病気でも伝染されたのか?と思って、聞いたら、今の話が出た。叔父さんの死体? 普通の葬儀には出せない。親類に何て言うんだよ?……まぁ……告白するとな。迷惑料分くらいは取れたかな。元はよ」 そう喋るEは、涼しい顔で、片手を“金”の形にしてみせた…(終)
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