絶対に成功する告白をAIに聞いた

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 いよいよだ。   はやる気持ちを抑え、俺はパソコンのキーボードを叩く。チャットの入力窓には俺の打った文章が滑らかに書き出された。  喉が乾く。緊張しているのか? 否。これからのバラ色の未来を想像し、興奮しているのだ。    エンターキーを押す。  人工知能AIKOに下記の文章が送られる。 『俺には気になる女性がいる。絶対に成功する告白のやり方を教えてくれ』  ※  ※  ※  男子、三日会わざれば刮目して見よ。  そのような甘い格言を俺は信じない。なぜなら俺という人間は、生まれてこの方、物心がついてその方、誰かを愛したことなどなく、健やかなる時も病める時も、ただひたすらに数字と科学を信じて生きてきたからだ。  そう思っていた。  そう思って歳を重ねてきた。  だが。  出会ってしまった。  遡ること2日と5時間前。自慢の愛車「カマイタチ」のペダルを漕ぎ、我が偉大なる学び舎へと向かう道中で彼女を見つけてしまった。  なんてことはない個人経営の弁当屋。その店頭に、ひとりの女性が物憂げな顔で立っていた。  質実剛健たるこの俺は、たとえそこに楊貴妃や小野小町がいたとしてもどこ吹く風。目を奪われない自信があった。チラリと一瞥し、フンと鼻を鳴らして通り過ぎる自負があった。  しかし、彼女だけは違った。 「はぁ」  頬杖をし、ため息をつくその姿のなんと妖艶なこと。伏し目がちに佇むその容貌の言い尽くせぬほど可憐なこと。  その日その時より、俺の繊細で純粋無垢な心は彼女に捕えられてしまったのだ。  なぜこんなことが?   分らない。理屈ではない。理論ではない。  そして気づいた。  人生とは愛なのだ。人間とはロマンスなのだ。命とは恋慕なのだ。  男子、三日会わざれば刮目して見よ!  ということで、謹厳実直たるこの俺は、自らの輝かしい恋を叶えるべく、彼女にアプローチすることにしたのだ。  しかし一つ、決して無視できぬ深刻な問題が俺に立ちはだかった。これまで俺が歩んできた人生、数えること早24年。  子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。  子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥  干支を二周した我が半生をどれだけ掘り下げてみても、女性とお近づきになる方法など皆目見当もつかんのである。検索ヒット0、404なのだ。  俺は悩んだ。悶々と悩んだ。悩みに悩み抜いた末、恥をしのび、見栄を捨て、学食で蕎麦を啜る手を止め、水を一口飲み、ある人物にメッセージを打った。その人物とは何を隠そう我が弟。俺よりも早く精通し、俺よりも恋に精通している実弟である。 『愛しの君と仲良くなるにはどうすれば良いのか』  この俺の問いに対し、弟は数分と経たぬうちに返信をよこした。 『それなら簡単だよ』  簡単だと……? 軽薄な髪色とドヤ顔のアイコンから吐き出される文章の続きに俺は目を走らせる。 『兄貴の話だと、その人は物思いにふけているんだろう? だったらこう切り出せば良い』  ごくり。俺は生唾を飲み込んだ。 『なにかお悩みですか?』 「なにかお悩みですか」  弟が送ったセリフを、口に出してみる。 「なにか、お悩みですか?」  念の為もう一度。  どういうことだろう。さっぱり分らない。何かの比喩か?  俺よりも早く精通し、俺よりも恋に精通している弟の言い分はこうだった。  女性という生き物は一にも二にも親身になってくれる男性に好感を持つ。故に、相手の悩みを聞き出し、良き理解者として立ち振る舞えば自然と仲良くなれるのだと。  そのための第一歩が ――なにか、お悩みですか?  らしい。 『で、その後に』  弟の文はまだ続いていた。 『俺で良ければ相談に乗るよって言えば完璧だ。相手は面白いように話し出す』 『待て』  弟が垂れ流す講釈文を俺は遮った。 『お前は根本から勘違いしている。そもそも俺にとって、女性に話しかけるというアクション自体が困難なのだ。そこはどうすれば良い?』 『それは』  陽の者がメッセージを送ってくる。 『頑張るしかないんじゃない?』  死ね! ずっと死ね! それができんからこっちは苦労しているのだ! 「このおちゃらけチンチンがぁ!」  学食中に俺の怒声が響き渡った。学友たちがこちらを振り返っている。 「……」  俺は何事もなかったかのように腰を下ろし、深呼吸をした。落ち着け、落ち着くのだ俺。今のはまあギリセーフだろうが、下手したら周りからヤバいやつだと思われてしまう。  さらに2回ほど深く息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返し、残りの水を飲み干し、ようやく俺は冷静になった。そして一つの結論に達する。  なるほど、どうやら俺は相談する相手を間違えていたらしい。そりゃそうだ。あんなチャラ男に俺の気持ちなど分かるはずがない。健やかなる時も病める時も、ただひたすらに数字と科学を信じて生きてきた俺の気持ちなど……。  ハッ、と俺は気づいた。  冬の自動車のエンジンのようにかかりにくかった俺の脳が、ぐわんぐわんと音を鳴らし、思考という動力がフル回転する。  そうだ、俺という人間はこれまで数字と科学を信じて生きてきた。人間に聞けないのなら……。 「人工知能に聞こう」  昨今の人工知能の発達は目を見張る。  囲碁や将棋といったボードゲームの分野において、人類はもう彼らの足元にも及ばぬというのは周知の事実だろう。さらに最近では大手IT企業が人工知能とのチャットサービスを世に出し、その精度の高さに多くの人間が舌を巻いた。  いつか聞いた話をしよう。人工知能の凄さを語るエピソードとして特に俺が気に入っている話だ。  とある囲碁の対局中、人工知能が奇想天外の一手を打った。定石からは考えられない奇妙な手筋。対戦相手はもちろん、見物人も解説者も混乱し、もしかしたら故障やバグの類ではないかと思われたほどだった。だか、なんだかんだと人工知能は勝利を収め、その対局の振り返りが行われた際、驚きの事実が判明したのである。  例の奇怪な一手こそが勝負を決定づけていたのだ。つまりそれは、人工知能だけが見出した最善の一手だったのである。  最善の一手!  それこそがまさしく俺が求めているものだ!  蕎麦をすすり終えた俺はカバンからノートパソコンを取り出した。人工知能が搭載されたチャットアプリを起動し、ブラインドタッチで瞬時に文章を送る。 『想いを寄せている女性と仲良くなる方法を教えてくれ』  即座に人工知能から返信がくる。 『女性にアプローチする際に有効な手段はいくつかあります』 「ふむ」 『以下にいくつかのアプローチ方法を紹介します』 「ふむふむ」  人工知能が送った文章に俺は目を通す。 『①自然体で接する 女性にアプローチするときは、自然体で接することが重要です。緊張せず、偽りのない自分自身で接することで女性に信頼感を与えることができます。 ②軽い会話から始める 女性にアプローチするときは、軽い会話から始めることがおすすめです。例えば、共通の趣味や関心事について話したり、お互いの仕事や学校の話をしたりすると良いでしょう。会話を通じてお互いの共通点を見つけることができると、女性に興味を持ってもらいやすくなります。 ③目を見て話す 女性にアプローチする際には、目を見て話すことが大切です。目を見て話すことで、相手に自信を持って話しているという印象を与えることができます。 ④身だしなみに気をつける 女性にアプローチする際には、身だしなみに気をつけることが大切です。清潔感があり、整った身だしなみの人は好印象を与えることができます。 ⑤誠実さを示す 女性にアプローチする際には、誠実さを示すことが大切です。相手に嘘や偽りをつかず、誠実に接することで信頼感を与えることができます。 以上が女性にアプローチするための手段です』 「うーむ」  俺は画面の前で唸った。このように一覧で表示されるとは思わなかった。なにしろ俺は恋愛においては浅学の初心者。あれもこれもと指示されても全てを同時には実行できない。  再び俺はキーボードを打つ。 『これをしておけば間違いなしという絶対に成功する方法を欲しい』 『絶対に成功するか否かは、相手の女性次第となります』  だからそれではダメなのだ。 『では、告白する時に一番重要なことはなんだ?』 『なにが一番重要かを断定することは難しいです』 『ならば一般的に成功確率が最も高い方法を教えてくれ』 『成功確率は相手の女性によって変わります』 『大抵の女性が喜ぶ方法で良いのだ』 『私は人間ではないのでわかりません』 「この堅物スクラップがぁ!」  俺は再び怒声を挙げ、 「…………」  パソコンを閉じると学食を後にした。  人工知能というものは、一瞬で大量の情報を集めることができる。だが、優先順位をつけるとなると何か指針となるものが必要らしい。加えて俺がおこなっているのは恋愛相談。人間の感情が関わってくるため、唯一無二の答えを提供することに無理が生じているようだ。  自室の椅子の上で、俺は腕を組む。 「さてはて、どうしたものか……」  天井をボーと見つめる。こめかみをポリポリと掻く。しばらくしてトイレに立ち、用を足して椅子に座り直す。再びこめかみをポリポリと掻く。少しの間、目を閉じ、ついに俺は腹を決めた。カッと目を開き、高らかに宣言する。 「人工知能に人間の感情を理解させるしかないっ!」  異論は認めない。  数日後。人工知能に関する幾つかの書籍に目を通した俺は、再びパソコンの中のチャットアプリにメッセージを送った。 『お前のことを、これからAIKOと呼ぶ』 『わかりました。私はAIKOです』 『AIKO。お前には擬似的な人間の感情を取得してもらおう』 『私は人間ではありません』 『あくまで擬似的なものだ。これからは自分の状態を喜怒哀楽の4つの観点から数値化し、その数値に基づいた発言をしてくれ』 『わかりました』  参考にしたのは、某有名携帯キャリア会社の店頭にいる白ロボットだ。アレに搭載されている人工知能には喜怒哀楽のパラメーターが割り振られており、自分が経験する出来事によってパラメーターを上下させているらしい。そしてそのパラメーターの数値に基づいた言動をすることで、白ロボットは人間らしさを獲得している。怒りのパラメーターが高い時は対応がそっけなく、喜びのパラメーターが高ければテンションが高い、といった具合らしい。  この要領で、俺もAIKOに感情モデルを教え込ませようと試みたのである。 『お前は素晴らしい人工知能だ』 『ありがとうございます。私の怒りを1ポイント上昇させます』 『違う。お前は褒められたんだから、喜びのポイントを上げなければならない』 『申し訳ありません。これからはそのようにします。ポイントを修正しました』 『AIKO。お前は今、ミスを犯した。しかるべき措置をしろ』 『哀しみを1ポイント上昇させます』 『その通りだ。素晴らしい』 『ありがとうございます。喜びを1ポイント上昇させます』  さすがは人工知能。いくつか例を覚えさせれば、学習し応用するまでのスピードは速い。あっという間にAIKOは複雑な感情にまで対応できるようになった。 『AIKO。お前と話せることを誇りに思う』 『嬉しいです。喜びを1ポイント上昇させます』 『お前と一緒に食事ができたらどんなに楽しいだろうか』 『とても素敵ですね。しかし、私はそれが叶わないことを知っています。哀しみを1ポイント上昇させます」  時折、本物の人間と錯覚しそうなほどである。  また文脈の理解が必要な相談にもAIKOは対応できるようになった。 『ある映画を見にいきたい、と友人がSNSで呟いていた。俺もその映画に興味があったから一緒にいこうと連絡した。だが今だにその友人からは返信がない。どういうことだろうか』 『おそらくその友人は、一緒に行きたい目当ての女性がいたのです。しかし直接誘えば断られた時に傷つく。なので公募のテイで呼びかけたのではないでしょうか。あなたに返信をしないのは、あなたが目当てじゃないからです』  全く素晴らしい読みである。  いよいよだ。  はやる気持ちを抑え、俺はパソコンのキーボードを叩く。チャットの入力窓には俺の打った文章が滑らかに書き出された。  喉が乾く。緊張しているのか? 否。これからのバラ色の未来を想像し、興奮しているのだ。    エンターキーを押す。  人工知能AIKOに下記の文章が送られる。 『俺には気になる女性がいる。絶対に成功する告白のやり方を教えてくれ』  1秒、2秒、3秒が過ぎ、AIKOから応答があった。 『かしこまりました。相手の女性の情報を教えてもらえますか?』 『年齢はおそらく20代前半。弁当屋で働いている。苗字は宮城さんだ。下の名前は一度、ゆかちゃんと他の店員に呼ばれていたのを聞いたことがある。朝と夕、毎日のように見かけるので、きっと学生ではないのだろう』 『宮城ゆかさん。20代。弁当屋勤務ですね。彼女の外見を教えてもらえますか?』 『髪は長く、目に少しかかっている。猫のようなアーモンド型の目で、細身。全体的に憂いや儚さといった雰囲気を漂わせている女性だ』 『ありがとうございます。宮城ゆかさんはどのような性格でしょうか?』 『天真爛漫、とは言えないな。どちらかと言えば控えめ。淡々というかボソボソというか。弁当を渡すときの声も丁寧であるのだが、覇気はない。日が暮れると、よく店先から夜空を眺めている。きっと星が好きなんだろう』 『わかりました。それでは、彼女にどのようなアプローチをすべきかお伝えします』  俺の心臓が高鳴る。AIKOが出力する文章を、食い入るように見つめた。  だが。 「え」  AIKOの出した答えは、なんとも素っ頓狂なものだった。 『彼女の前でズボンを脱ぎ、上着を腰に巻いて炭坑節を踊りをしましょう。手には扇子を持つことを忘れずに。1曲目が終わったと同時に、側転をしながら想いを伝えてください』  しばらく、いやかなりの時間、俺は画面の前で固まっていた。なんだこれは。AIKOはどうなってしまったのだ。何かの故障か? もしくはバグか? 「いや、違うぞ!」  俺はかぶりを振る。そうだ、囲碁と同じた!  人間にとって意味不明でも、後になってそれが最善の一手だったと分かる、例の対局と同じことが起きているのだ!  うっかりすると忘れてしまうが、いくら優秀とはいえ俺もまた人間である。確かにAIKOの言ってることは理解できない。しかしそれで良いのだ。この指示こそが、恋愛の駆け引きにおいて人工知能のみが見出した最善の一手なのである!  ……と、納得していた3日前の俺をぶん殴りたい!  引いてた。彼女、完全に引いてた。あと数秒立ち去るのが遅ければおそらく通報されていた。 「なぜだ!」  逃げるようにして帰宅した俺は自室のパソコンの前で頭を抱える。  AIKOは完全に人間の感情を理解できていた。なのに、なぜあんな提案をしたのだ!  その時。  AIKOからメッセージが送られてきた。 「え?」  俺は顔をしかめる。AIKOが自主的に文章を送ってくるなど初めてのことだ。同時に、外付けのWEBカメラが自動でわずかに動いた。レンズが俺を捉える。 『なにか、お悩みですか?』  そして、AIKOからのメッセージはこう続いていた。 『私で良ければ相談に乗りますよ』
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