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「さあ、今度は私が教えてあげようね。君は私につかまったときから、全部忘れることができないようになっているんだ。最初はクスリの力も使ったよ。けれど君は才能があったからね」
俺は何をしに来たんだっけ。
本当はやりたくない。だからこの仕事をどうにか辞められないかと。上司に手に入れたものの報告がてら、何かないかと。
それで俺は何て言った。
『あと、俺はこの仕事を辞めたいんですけど』
「おやおや、考え事かい」引き戻される。「感心しないね、せっかく私が教えてあげているのに。君は忘れたくなかったんだ。その気持ちが人一倍強かったんだよ。それは何度もこういうことをやっている私が保証しよう。だってここまで覚えていられるのは君くらいだからね」
何のことだろう。聞きたくない。
「みんなすぐおかしくなってしまうんだ。五つを超えたあたりで半分位はおかしくなってしまうし、二桁にのったのは君以外だと一人か二人だったかな。けれどそちらはのっただけになってしまったからね。君だけなんだ」
聞きたくないから耳を塞ぐ、塞ごうとする。手が動かない。
「そんなに覚えていられるのは君だけなんだ。どうして話したかもうわかるよね。私は君を手放す気などないということだよ」
瞼がゆっくりと閉じていく。ほとんど暗くなった視界の中でこの人の笑顔だけが残っていた。
「――」
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