かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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余計な面倒事は避けたいが、根本にある原因は確認しておきたい。 どんな頭の弱そうな奴が来るのかと、旧部室棟の前にある階段の死角に身を潜め、身体を丸める不審者スタイルで待機する影尾に説得力は無いものの、流石に堂々と渡り合えるだけのスキルが無いのだから仕方ない。 しばし待つ事、数分。 誰かの話声らしき声に息も殺す。 段々と近づいてくる声は予想通りと言うか、部室棟の前で止まり、ガチャガチャと鈍い音も付属してきた。 どうやら鍵を開けているらしく、そっとそこを覗き見れば明らかに学園の生徒が数人。 こっちを向けぇ、っと念を送ったのが届いたのか、くるりと此方を振り向いた数人の内、見覚えのある顔に影尾は薄く唇を開いた。 (あ、見た事ある…) 以前学園内で暴力沙汰を起こし、停学処分を受けた生徒で、二つ年上の三年生だったと記憶している。 (えーっと…小野田、だっけ…) ぼんやりと思い出す名前と顔を一致させるも、その程度の認識だ。 そもそもその程度しか思い出せないような彼が何の目的があって影尾を呼び出したのか。 実際暴力沙汰で停学と言っても、それは影尾が高等部に入る前の話であり、その事件においても影尾が関わった事等無い。 つまり彼個人から恨みを買う様な事はまだしていないと思うのが。 勿論それは中等部時代にも、だ。 (ますます分からん…) はて?と首を傾げる中、小野田とその取巻きであろう数人の生徒達は未だ扉をガチャガチャと鳴らすが、どうやら開錠される様子が無いらしい。 「開かねーぞ…」 「…鍵、間違えて持って来た、とか、」 「は?お前…ふざけんなよっ」 「やばい…あと十分しかねぇ」 「もうこうなったら、部室前で木澤待つしかなくね?」 「部室に来いって言っといて、部室前で、か…?」 「こ○亀だって派出所前って言うてるしさ」 どうしようもない会話も続く。 一体何を見せられているんだと影尾の眼が遠くを見詰める中、仕方無いと話しがまとまったらしい彼等は指定した部室の前で各々影尾を待つ事になったようだ。 すぐ近くの階段の死角に居るとも知らずに。 (まぁ…取り敢えず写真は撮ったしな…) 使われていないとは言え、校舎内の鍵を持っていると言う事は職員室の管理箱からクスねて来たのだろう。 結局は盗み、所謂校則違反と言うもの。 また余計なコレクションが増えてしまった。 どっかの剣豪の台詞を交えつつ、結局そこから数十分。 意外と粘ってくれた小野田達が半分ブチ切れながら帰って行く後ろ姿を見送り、誰も居なくなったのを確認した影尾はのそりと階段下から体を出した。 身を縮めていた為か、強張った身体が少々しんどい。 背伸びをすれば解放された筋肉が伸ばされていく感覚に喉の奥から絞り出された声と息がすっかり茜色に染まった空に響く。 おまけついでに欠伸もひとつ、思いっきり口を開けるとじわりと目元に涙が溜まった。 「ほんっと、金持ち暇人め…」 既に十八時前。 律儀に一時間近くも良く影尾を待っていたものだ。 その割には大した収穫も無く、なんと無く不完全燃焼を感じる影尾はデジカメを確認する為、液晶画面へと視線を落とした。 (小野田先輩、かぁ…) ブレひとつない写真の中の顔を眺め、本当に一体何の用事があったんだと疑問しかない。 ただ分かった事と言えば、あまり宜しい話ではなかったのだろうな、と言う不確定でありながらも感じ取れた雰囲気。 面倒な事にならなければいいけれど。 ただでさえ最近目まぐるしく環境や生活が変わっていっているのだ。それを捌くだけで手一杯の影尾にこれ以上の耐久性は無い。 別に百人乗っても大丈夫な物置きを目指したい訳でも無いのだ。 「…帰ろ」 少し学園内の生活も含め寮内でも警戒はした方がいいだろうが取り敢えずこの凝り固まった身体を解すべく、風呂に入りたいともう一度背伸びする影尾は漸く歩き出した。 帰り道にバッタリ、部活帰りの相良と出会ったのは本当に偶然の産物だ。 影尾の姿を見つけるなり、サッカー部の練習で疲労の色を含んでいた筈の眼がぱぁっと見開かれ、フィールドで見せる様な瞬足で近づくなり、ちゃっかりと隣に肩を並べた。 「え、何、何で今帰り?何してたんだよ、影尾って帰宅部だろ?まさか居残りとか?委員会の仕事とかあった?あ、日直とかっ」 怒涛の質問攻撃に少しだけ身体をのけ反らせる影尾だが、曖昧にふっと口角だけを持ち上げる。 「お前疲れてないの?すげーな」 「え?疲れてるに決まってんじゃんっ、今日なんて下半身強化メニューだったから、走り込みとかしててさぁー、膝とかすげーガクガクなんだけど!」 「へぇ」 「で?影尾はマジで何してたんだよ」 この男も意外と粘る。 よくよく考えれば中学一年生の頃から影尾に並々ならぬ憧れを抱き、数年越しに友人になりたいと育てて来た気持ちを投げ付けて来たのだ。頑固であっても頷けると言うもの。 「いや、別に…散歩、みたいな、な」 だからと言って素直に呼び出されてました、なんて言う筈も無く、下手くそ過ぎる誤魔化しのお手本を見せる影尾だが、案の定『えぇー』っと納得行かないと言わんばかりに唇を尖らせる相良がスポーツバッグを握り締める。 「本当かよー?あ、もしかして呼び出されてたとかっ」 「ーーーえ、」 「告白された、とかっ!」 ーーーあぁ、そっちのね。
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