魔女裁判

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誰だ、流石の御上も自重するだとか言っていたのは。 ……… (俺だぁ…っ) 項垂れる影尾は今現在唇を噛み締めている。 その理由を5W1Hで説明するとすれば、 「When(いつ)」 放課後、まだどこかふわふわとした警戒心の薄い頭で授業を終え廊下を歩いている時の事。 「Where(どこで)」 靴箱近くにある空き教室の前を通りかかった瞬間、そこから伸びた手に腕を掴まれ引っ張られた先は薄暗い資料室だ。 「Who(だれが)」 言わずもがなの、御上が、 「What(なにを)」 「Why(なぜ)」 「How(どのように)」? (いや、もう、これを実況とか…っ!) 「何か考えてる?余裕じゃん」 余裕な訳が無い。 誰が自分の股間を弄られていると言うのに余裕な心持ちで居られるのか。そこそこの変態くらいだ、そんなもの。 歯を食い縛り色褪せ燻んだ色合いになっている壁に寄り掛かる影尾の脳内は疑問と快感でせめぎ合い、感情までもが不安定になってしまう。 まさか御上が校内で手をだしてくるとは。 そちらこそもう少し余裕のある男だと思っていた。 それだけに意外性の高さにギャップだとか、はしゃげる訳も無くずずっと鼻を鳴らす。 「俺一度校内でやってみたかったんだよなぁ」 オフィスラブに憧れるOLか。 「普段何でもない顔して過ごしてた場所でエッチな事するって、興奮しねぇ?」 いや憧れを拗らせた中年のおっさんかもしれない。 これで影尾が喜んでいたりしたら露出狂のような変態みたいではないか。それともそれを望んでいたのだろうか。 背後から耳元に唇を寄せる御上に文句のひとつでも言ってやろうかと睨み付ける為に首を捻るも、そこは同性。 すすっと裏筋を撫でられると途端に服従してしまう。 (人の弱いところを…っ) 空き教室で男相手に下半身を曝け出して弄られている男。 文字だけ見たら確かに変態だ。 古賀を馬鹿に出来ない、でもあれと同率では居たくない。 「お前マジで何考えてんの?」 「え、あ、いや、」 学校ないでこんなふしだらな事をしている事実を逃避する為に古賀をディスってました。 言える筈も無い言い訳を口内で噛み潰し俯くも、そうすれば自分の丸出しな部分を直視してしまう罰ゲームが待っている。 かぁっと顔に熱が集中し、じわっと溜まった涙が床へと落ちる。 「せ、んぱい、」 「何?」 「す、っげ、恥ずいん、です、けど、誰か、来たら怖い、し、…っ、」 言った、言ってやったぞ。 至極真っ当な意見。 だから早く、妥協案としてせめて寮だろう、普通。 「そう?ふーん…分かった」 吐息混じりの声が耳を擽り、ぞわぞわと身体を震わせるも、良かったと安堵に息を吐いた影尾だが、 「じゃ、さっさとイけよ」 ーーーーーーーへ、 目の前で火花が散った瞬間、あっと言う間に吐精してしまった事と、こんな所で絶頂を迎え壁を汚してしまった事、色んなショックが入り混じり、ふぇ…っと嗚咽を漏らしたーーーー。 * 「は?だって今日一日お前に触ってなかったからさ」 責めた。 流石に嗚咽混じりに泣きながら、ついでに鼻水も出ていただろうが、そんな事気にもせずに目の前の美形に文句を言ってやったものの、首を傾げる御上は何も無い所に花を咲かさんばかりの笑顔を見せ、そう言ってのけたのだ。 「…あ〝?」 ずずっと鼻を啜るとそこにハンカチが当てられる。 ふわっと香る匂いは御上のもの。 「何かさぁ、夏休みって殆どお前と一緒でどこかしら触れてただろ」 「……ま、ぁ」 言われてみれば確かに何かしら触れていた覚えがある。 寝る時は勿論、昼間は昼間で何かと区切りが良いところでキスをされていたし、DVDを観ている時さえ抱き抱えられていた。 だが、それが一体この暴挙と何が関係あるのか。 「そうしたら癖になるだろ、普通」 「癖…?」 借りたハンカチで鼻を噛んでやろうか。釣り上がった眦で御上を見上げる影尾の眼は既に赤い。 「何か物足りないって言うか、落ち着かないっつーか。マジでお前分かんねーの?お前はそんな事ねーの?」 「え、えぇ…」 「だから此処でお前が通るのスタンばってたんだけど」 待っていた?此処で? 何それ、怖い。 普通なら瞬時に青ざめてからの、警察案件に発展してもおかしくない事例だ。 でも、…でも、だっ! 「やっぱ触ったらエロい事したくなるじゃん。俺等高校生だし、自然の摂理ってやつ?」 ーーー顔が良い。 桜色した髪がさらりと流れる眼面はどれだけ見ても眼を潰しにこんばかりの眩さ。 しかも、影尾に触れたから興奮したのだと言われている。そんな事を言われて照れない訳も無く、その上そこに好意が乗っかっているのだから胸から広がるのは歓喜だ。 先程までの羞恥だの怒りだのが断末魔を上げながら見るも無惨に掻き消されて行く。 「…あ、そ、う、言う、事なんっす、ね…」 勢いも一緒に消え入ったのか、どもりながら俯く影尾の口元が小刻みに震え、ニヤケそうになるのを何とか堪えてみせた。 現金すぎると自分でも思う。 本当にご都合主義、自分本位が過ぎると思うが、それでも嬉しいと思ってしまうのだから仕方が無い。 「じゃ、帰るか」 「…は、い、」 ふわっと笑う御上に、締め付けられるような感覚が走る。 それは胸ではなく、腹の辺りだと気づいた影尾はきゅっと唇を噛み締めた。
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