かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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「じゃ、じゃあさ、今日から早速、一緒に飯とか、どうよっ」 「…分かった」 へらぁっと嬉しそうに笑う四堂が居るのだから。 この顔を見れるだけで承諾した甲斐があるのかもしれない。それに、だ。 これを機に、本当に友人になれるのであれば、コミュ障が少しでも改善できるのでれば、割とメリットもそれなりにあるのでは。 最初のうちは好奇の目に晒されるかもしれないが、これもまた今更。 「ちょ、おいっ!勝手に話を進めて、お前っ、」 「本当相良ちゃんって大胆って言うか…頑固って言うか、」 「良かったじゃん、相良」 まだ何か言いたげな古賀と、感心した風に呟くも渋い表情を見せる早水、早く背中からどいて欲しい御上へと、ピースして見せる四堂も大概に心臓は強そうだ。 けれど、そんな自分の様子を見ていた影尾と視線が合うと、四堂はまた小さく俯き、ちらりと上目遣いをして見せる。 「な、えっと、木澤さ、あのー」 「何?」 「名前…、かげお、だよな…」 「…そう、だけど」 「俺、影尾って呼びたいなぁ、って、」 スピードアップからの急カーブ走行が過ぎる。 体幹でそれくらいのドリフトを噛まされた気分になった上級生三人は、四堂をまじまじと見つめた。 距離感の詰め方がバグっていると言うか、性急過ぎると言うか。 あれだけ拒絶されていた男に『名前で呼びたい』なんて強請るとは流石に古賀も甥の奇行にも似た行動に眉を潜めるも、影尾も影尾で、『あれ』なのだ。 「…別に、いいけど」 「マジで…あ、じゃあ俺も相良って呼んでよっ」 「あぁ」 (友達、って、やっぱ最初から名前で呼び合うのが普通、なんだよな?) こう言った事に無知が過ぎると言う、それ。 わーいと満足そうにはしゃぐ四堂にぶんぶんと掴まれた腕を振られながら、少しだけはにかんだ表情を浮かべる影尾は誰にも気づかれないくらいに小さく息を吐いた。 * 四堂の行動力は思った以上に迅速なものだった。 その日の夜、早速夕食に誘われ、二人して食堂へと足を運ぶ。 久しぶりに誰かと食事を摂ると言う事実に緊張しない訳がない影尾だが、そんな素振り等感じさせぬように本日のメニューであるすき焼き風うどんとほうれん草の和え物をテーブルへと。 普段一人で黙々と食事をするだけの男が行き成り四堂と食堂へと入って来た為か、一瞬ざわついた周りの空気。それに気付かない影尾ではないが、気にしていたってしょうがない。 「わぁー俺うどんめっちゃ好きぃ」 この男も然り、だ。 「影尾もうどん好き?」 「うん」 他愛ない会話や答えでも返してくれる、色々と知れるのが嬉しいのか聞き逃すまいと若干前のめりなのが圧を感じさせるも、笑っている四堂は何だか可愛らしい。 尤も、その背後のテーブルからこちらを見遣る古賀、は、可愛くないけれど。 (めっちゃ睨んでるー…) 息子をどこぞの馬の骨の女に取られたと思う母親の心境なのだろうか。 ぎりぃっと歯軋りが聞こえている訳では無いのに、感じ取れるくらいに此方を睨み付けている彼の眼は涙目だ。 もしかしたら四堂は今日は彼等と食事を摂る予定だったのかもしれない。そう考えたら確かに気の毒だが、影尾を睨んだ所でどうなる訳でも無いというのに。 「なぁ、四堂、」 「あっ、俺も名前で呼んでよっ」 「え」 「……えっと、俺の名前、知らないとか、」 耳が見える。 しょぼんっと垂れていく犬の耳が。 「知ってる…相良、だろ」 「じゃ、じゃあ、それでっ」 ずるるるっとうどんを吸いながら、『影尾が俺の名前呼んでくれるとか、何か照れるー』と頬を赤らめる四堂、改め相良を一瞥。 「じゃ…相良、さ、お前本当はあの人達と飯食うんじゃなかった訳?」 「あの人…あぁ、柊梧な。大丈夫、週に三日って約束だからまた違う日に時間合わせるから」 週に三日。 面倒臭い彼女のようだ。そんな約束事を取り付け、古賀にとっては甘い幸せな時間だったのだろうが当の相良は何とも思っていない辺りに温度差を感じてしまう。 「今日は影尾と二人で食べたいから遠慮してもらっただけだから気にするなって」 「あぁ…そう」 半熟になった卵を箸で割り、うどんと絡めればとろりと凝固した白身が旨い。 ずるっ…っと啜り、豆腐も一口で。 甘め割り下が牛肉にも隅々まで染みて、白いご飯には持ってこいだ。 「…影尾って、意外と豪快に飯食うんだな」 「そうか?」 「もっともそもそとした食い方なのかと思ってた、なんか、ギャップがあってカッコいいな」 それが良い意味でなのか悪い意味でなのか影尾には分からない所だが、そんな風に思われていたんだと思うと、思わずふふっと笑えて来る。 そもそも豪快に飯を食うに至った訳と言うのが小学校時に給食中の嫌がらせを回避する為、早く食してスムーズに教室を出ると言う当時のミッションがあった訳でお世辞にもいい思い出とは言えない。 「カッコいいかは知らんけど、ちゃんと噛んではいるよ」 「一口一口がデカいから、めちゃ美味そうに見えるっ」 ははっと笑う相良は箸が転がっても可笑しい時期と言うものなのだろう。 背後からの悲しみのオーラを撥ね付けるその笑みに影尾もまたゆっくりと口角を上げるのだった。 だが、その後、久々の他人との食事に無意識に気を遣っていたのか、その日の夜消化不良を起こすなんてまだ知る由も無い。
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