かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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――相良と親しくなってから数日。 同室者と言うのもあり、友人になれた今、朝起きてからすぐに世界が変わった。 毎朝こそっと起きてそそくさと顔を洗い、自室で食べていた味気ない食パンだけの朝食が、 「あ、おはよっ影尾っ」 「…はよ」 低血圧も吹っ飛ばすような満開の笑顔と挨拶、 「なぁなぁ、毎日食パンって飽きね?しかも素だよな」 ドンドンっとテーブルにジャムやバターを数個置くとついでにコーヒーまで用意し、当たり前の様にテーブルに着き相良がセットとなってしまっていた。 「これ、すげーオススメなんだけどさぁ、林檎ジャム」 「あー…ありがと」 何とも擽ったいこの感覚。 義務的にただ食べればいいと思っていた朝食がやたらと美味しく感じるのも不思議だ。 (誰かと食べるって、すげぇ…) 感動しかない。 内心は歓喜に湧くこの時間。家に居た頃だって母が再婚してからはこうして食事を摂る事なんて少なくなっていただけに、久しい感情で両頬が緩みそうになってしまう。 だが、少々厄介な事もあったりする訳で。 ーーーポーン… 「あ、」 はいはいと鳴った呼び鈴に扉へと駆け寄る相良の姿に、影尾の溜め息が洩れる。 この時間に呼び鈴が鳴るのはもうここ最近ではお約束。 相良オススメの林檎ジャムを乗せた食パンを齧る影尾の耳に飛び込んで来たのは、 「あ?お前今日もただの食パンかよ?それ下の売店で売られてる安モンだろうが」 「……おはよーございます」 此方もまた勝手知ったる何とやらで、ソファへと座るとテーブルにクロワッサンだのパックされたサラダだのを置く古賀と、早水、御上の三人組だ。 相良を隣に座らせ、ほくほくと笑みを浮かべる古賀を筆頭に、この朝食スタイルは定番となりつつあるのだが、慣れとは恐ろしいものでもう今更驚く事も無い。 (何だかなー…) 相良に下手な朝食は食べさせられないとこうして色々と持参してやって来る上級生達は今日も賑やか過ぎる程。 しかも、それだけではない。 「なぁ、ちょっと隣詰めて」 「え、あ、あぁ」 部屋のソファは長方形のテーブルを囲むように二人掛け用ソファが対峙する形で二つ、両脇にシングルソファも二つと備え付けされているのだが、二人掛けソファに古賀と相良、そしてつい数日前まではシングルソファに早水と御上が座っていた。 けれど、一昨日くらいからだろうか。 こうして、二人掛け用のソファに座る影尾の隣に御上が座り出したのだ。 最初は自分がシングル席に座れと言う意味だろうかと、渋々ではあるが移動しようとしていた影尾だが、 『何で移動すんの?』 『は?』 『何、俺と隣で座るのが嫌って事?傷付くわぁ』 『……』 そんな会話を元にこうして一緒に座っての朝食がルーティーンに練り込まれてしまっていた。 そんな御上の姿に驚いた風に、えぇ…っと眼を見開いていた古賀や早水だったものの、特別文句を言うのも筋違いと思っているのか、今では黙認している。唯一相良だけが、『俺が影尾と座るっ!!』と異議を申し立てたが、古賀が許す訳も無く、結局今日もチラチラと横目に入ってくるピンク色を拝む朝だ。 一体何を考えての行動かなんて分からない御上の行動ではあるが、何か害があるのかと聞かれたらそうでも無い。 むしろ、 「ほら」 「あざーっす…」 持参したゼリーだのスムージーだのを与えてくれたりする。 本日はグラノーラを乗せたヨーグルトで、これがまた旨い。 「うま」 思わず出た本音に、ふふっと笑う声が隣から聞こえる。 今いち行動が掴めない男だが悪い人間ではないようだ。 尤も、 「相良の顔がすげー怖い。めっちゃ可愛いよな」 「………」 影尾を使って相良をおちょくっている感は否めないが。 「アイツ意外と嫉妬深いのな。おもしれー」 「知らないっすよ」 やれやれと肩を竦める影尾にまた笑う声が聞こえた。 そんな朝食も済み、登校してしまえばまた静かな時間が訪れる。 相良は隣のクラス、そんなに頻繁にはやって来ない。寮生活が煩くなってしまった為か、やたらとこの時間を静かに感じてしまうのは寂しさからなのだろうか。 けれど、影尾に関わったら弱みを握られるだの、脅されるだのと噂にクラスメイトは敬遠している。それを今更だと言う事も知っているが、前に比べると悲壮感は無い。 それは相良が友人の立場に居ると言う満足感にも似た気持ちがあるからなのかもしれない。 誤算だったのはあの御三家共だが。 相良と一緒に行動している時は近寄ってこないものだと思っていただけに、まさか朝食や、夕食、その後の自由時間にまでも侵食してくるとは思わなかった。 古賀は相良にべったりだが、早水や御上はそれなりに会話してくれるのだ。 『木澤って結構良いカメラ持ってたよね。くだらねー汚い野郎とか撮るより俺とか撮ってみたらどうかな?カメラも本望だと思うんだよねぇ』 部活動の広報用にとタダ働きしろと誘ってくる早水に、 『何?お前の部屋って立ち入り禁止なの?特殊なエロ本とか置いてんの?入れろよ』 なんて、部屋に入っていこうとする御上と若干迷惑ではあるものの、普通に会話してくれる彼等に最近は妙な感動も覚えていたりもする。 それは相良が居てだからこその関わり合いだと言う事は分かっているのだが交友関係なんてほぼ皆無だった影尾にとっては新鮮そのもの。
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