かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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不思議なもので色々と面倒事があればどうしたものかと思っていたが、学校内では不必要に近づいてくる事も無く、周りの生徒達からのやっかみや僻みも今の所皆無。 (―――悪く、無い、かも) 相良と言う友人が出来、その縦の繋がりではあるものの会話ができる人間も出来た。 ただ未だに内向的な性格だの泣き虫ビビりであると言う、隠した自分をオープンにすると言う事は出来ないが、今の所必要もなさそうだと影尾はこっそりと安堵していたりする。 相良もサッカー部のいざこざ時に現れた影尾を見てカッコいいと思ってくれたのだ。実際こんなジメジメした性格だと分かれば幻滅される恐れもあるかもしれない。 「き、木澤…っ、あの、」 「あ?」 声を掛けられ、はっと我に返った影尾がそちらへと顔をやれば、強張った表情の隣の席のクラスメイトが扉へと指を指す。 「あ、あの、隣の四堂が…来てる、」 刺された指の先を視線でなぞれば、教室の入口でちょろっと顔を出し、眼が合うなり照れ臭そうに手を振って見せる相良の姿が。 四時限目の授業等途中から聞いていなかったのか、いつの間にか昼休みに突入していたらしい。 「ありがと」 教えてくれた事に軽く礼を言い、机の上を片すとちらちらと影尾のクラスメイトからの視線を受けながらも何ら気にもしていない様子の相良の元へと近寄った。 古賀と居る事で人の視線くらい慣れてしまい、今では通常営業、何とも無いのだろう。意外とタフで強い心臓を持っているのも羨ましい。 「なぁ、今日さ、学食行かね?」 数日に一回は昼飯も一緒に食べたいとの相良の提案に頷いたのはつい昨日の事。 ぐいぐいと腕を引っ張る同室者のお早い行動力を見遣りつつ、学食かぁ…っと呟く影尾が見上げる先は少々斜め上。 正直学食なんて中等部の途中辺りから利用していない。ぼっち故に一人で学食と言うのも切なく相席なんて当たり前、わいわいと楽しそうな雰囲気に居たたまれなくなった思い出がじわりと思い出される。そして、それ以上に周りを観察してしまうと言う癖が食事の邪魔をし、食べた感じがしないと言うのもある。 しかし、今回は相良が一緒。 そう考えるとちょっと良いかも、なんて思った途端、頷いてしまっているのだから現金なモノだ。 「やったぁー!じゃ、早速行こうぜっ」 わぁっと笑う相良に連れられ、未だ高等部になって足を踏み入れていなかった学食へと向かえば中等部よりも広いそこはまるでカフェのようにゆったりとした空間。 流石に金持ち学校と言うべき費用の使い方とでも言うべきか、入り口に設置してある券売機も中々な金額ばかりが表示してある。 ちなみに売店であろうとコンビニであろうと、この学食であっても学園施設内でしか利用出来ないカードで購入する事になるので月一で支払ってくれる親には感謝しかない。 「俺はぁ、やっぱカツ丼だなぁ」 ぴっぴっと手慣れた様子で券売機からチケットを購入する相良を見遣り、影尾は親子丼のボタンを押す。 1800円のボタンを押す指が一瞬震えた気がしたのは、未だ母子家庭時代の生活が抜けきれていない為だろう。 料理を受け取り空いていた席に座ると、早速両手を合わせた相良のいただきますに続き、影尾も手を合わせる。 途中何人かの生徒にギョッとしたような顔で見られるのが何とも居た堪れない気持ちにさせられたが、今更逃げ帰る訳にもいかない。 堂々と背筋を真っ直ぐに伸ばすのは意地と言うモノだけだ。 「影尾って学食来るの初めてだよな、こうやって一緒に食事出来るとか、感動っ」 「大袈裟…」 「いやいや、だって…俺まじで何度か影尾を誘うおうと思っててさ、」 勇気が出なくて…と口籠る様子に改めて照れ臭さが影尾の中で膨れ上がる。 こんな風に素直に恥ずかしげもなく自分の心内を曝け出せるなんて、どれだけ純粋なのか。若干心配になるレベルだ。 変な相手に好かれてしまっても、この男の事だ、分け隔てなく対応し、それこそ勘違いと言うモノをさせてしまうかもしれない。 「………」 (こりゃ確かに…あの人達が過保護になるのが分かるってもんだわ) とろっとろの甘めの卵が乗ったレンゲをぱくりと頬張る。 柔らかい鶏肉は有名どころの地鶏らしいが兎に角旨いは旨い。 「な、なぁ、影尾、」 「何?」 「親子丼って旨い?」 「えー…あぁ、旨い、な」 食レポしろと言われても上手くは出来ないが。 「へぇ、いいなぁ…俺も一口食べたいなぁ、なんて、」 照れ照れと此方を見上げる男子高校生がウザくないなんて、これも一つの才能だ。 (ひとくち、食べたい…?) だが、影尾にしてみればそんな事知った事では無い。 初めての友人からの意味の分からないお願い。 え、何?どうしろって? 友達の場合って、何が正解? 経験値があまりにも無い為か、この場合どうしてやればいいのか、皆目見当がつかない彼の動きが一瞬止まる。 そして、ほぼ反射的に自分の丼にレンゲを突っ込むと、 「はい」 「ーーーーえ、」 そのレンゲを相良へと差し出した。 所謂、『あーん』と言うヤツだ。 それに固まったのは相良の方。 もう少し距離が縮める事は出来るかな、なんて思い切ったお願いは自分の箸で一口頂ければ成功!くらいに思っていたのに、まさかの『あーん』で頂けるとは。 かあああっと顔が赤くなるのが止められない。動悸が激しくなる。憧れていた男からの過剰サービスが心身にぶつかり稽古の如くやって来る。
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