かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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「い、いいの、マジ、で、」 だが、甘んじない訳が無い。 真顔で差し出されたレンゲの先にある卵と鶏肉が乗ったそれが震えているように見えるのは相良の方が小刻みに震えているからであるが、何とかそのレンゲに口元を持って行くと、ゆっくりと口を開けた、が、 ――――ひょい、 レンゲを持っていた影尾の右手が掴まれ、大きく眼を見開いた影尾の肩が上がり、そして、 パクっ 「…は?」 「え、」 腕を引っ張られたその先に、影尾の親子丼を乗せたレンゲを口に入れる古賀の姿が。 「ふーん、普通だな」 もぐもぐと咀嚼し終えると、流れるような動きで相良の隣へと座る彼はテーブルへとミックスフライ定食の乗ったトレーを置いた。 「ほら、相良。お前エビフライ好きだろ、ひとつやるよ」 優しい微笑みは相良だけにと向けられた、特別なもの。はい、なんてエビフライを持ち上げるも、 「何してくれてんだ、お前はっ!!!!」 「あだだだだだだっ!!!!」 ぎりぃっと頭を鷲掴みする相良の眼が据わっている。もう二度と無いかもしれない影尾からの『あーん』をまさか自分の叔父である古賀が食べてしまうと言う悪夢に闇落ちしそうな勢いだ。 「まぁまぁ、相良ちゃん。古賀もさぁ、ちょっとしたヤキモチなんだってぇ」 古賀も居れば、必然的にコイツ等も居る。 くすくすと笑う早水は影尾の左隣へと座るが、やたらと盛りの良い白米が目立つ。 どうやら注文したトンカツも二枚乗せらしく、アイドルフェイスに似合わずかなりの大食いだと言うのが見て取れた。 「ヤキモチって何っ!?影尾の親子丼食うのが何のヤキモチなんだよっ」 納得いかないと言わんばかりに珍しく眦を上げた相良に、 「だって、間接キスみたいになるだろうが。可愛い相良が木澤と間接キスするなんて全力で止めるだろ、古賀なら」 くすくす笑う御上が影尾の右隣に座る。 何故両隣にこの二人が。 戸惑いつつも顔には出さず、仕方なしに目の前の親子丼を淡々と口へと運ぶ影尾とは反対に、周りの生徒達のざわめきが聞こえる。 そりゃそうだ。 舌打ちが出てきそうになるのを親子丼と共に飲み込み、小さく息を吐くも矢張りと言うか、この男達はそんな周りの声なんて雑音のうちにも入らないようだ。 「か、か、間接、キ、キ、キス、と、か、何だよ、変な事言うなよっ!」 影尾でも初心いと思えるような反応を見せる相良に、そんな反応が面白くないのか、 「変な事じゃねぇーだろうがっ!間接キスでも立派な体液摂取だろうがっ!親子丼くらい俺が買ってやるよっ!!」 バンバンっと机を叩く古賀が余計に周りの視線を欲しがる。 (あぁ…) 出来ればそんなに目立ちたくはないのに。 両隣二人もただ腹を抱えて笑うだけで何のバリケードにもなりはしない。 また自然と洩れる溜め息が中身が残っている丼の中へと落ちて行く。 結局影尾と相良の間接キスを止めるべく、己が間接キスをしていた事に気付いた古賀が、その事に気付くまで、あと四十秒後ーーー。 * 『なぁ…あの木澤が御三家と一緒に居たってマジ?』 『らしいな…何か古賀先輩の親戚の四堂とも最近仲良いらしいじゃん』 『あ、俺見た見た!食堂ですげー盛り上がって飯食ってたわっ』 『えー…木澤ってアレだろ…色んな奴の弱み握って脅しまくってる奴じゃん…それに御三家が加わったら最強じゃね…こわー…』 『アイツ、えらく手広げたよなぁ…一人で行動してた癖に、やっぱ長いモノには巻かれたくなったのかねぇ…』 『ますます調子に乗りそうー…』 『無駄に手出して御三家敵に回したいなんて奴居ないだろうからなぁ』 ーーーーーいやいやいやいやいや。 いや、巻かれてもいないし、調子に乗った覚えだって無い。 たまたま通り掛かった裏庭で、ベンチに座って放課後を謳歌する生徒達から聞こえた会話に眉間の皺がマリアナ海溝を作り出す。 幸い彼方は此方に気付いておらず、次の話題に移ってくれたものの、周りから見たら自分はそう見えるのだと改めて再確認する形となってしまった影尾の肩はまさにサスペンダー泣かしだ。 (早まったかなぁ…俺…) 相良と友人になんて、もしかしたら間違った選択だったのかもしれない。 彼と友人になれた事は素直に嬉しいし、あの真っ直ぐさに惹かれたのは確かだが、あの三人組のキャラが濃過ぎて胃がもたれる。 せめてもう少し離れて様子を見てくれる事をしてくれるのならばいいのだが、いかせん古賀の愛情が行動に直結し過ぎているのが誤算とでも言うべきか。 そんな今日何度目かの溜め息を吐く影尾が何故たまたま裏庭何かを歩いているのかと言えば、この先にある使われていない部室があるからだ。 では、何故そこに用があるのかと言えば、呼び出されたからである。 【17時に裏庭先にある旧ソフトボール部の部室に来い】 そんな手紙が今時っと失笑したくなるような古典的方法の代表、靴箱に入れられていたと言う事実。 差出人の名前も無いそんなものから『来い』と言われた所で誰がほいほいと馬鹿面晒して行くんだよ。 なんて、無視してやろうと思っていた影尾だったが、気になってしまったのだから仕方ない。 デジカメ、レコーダー、しっかりと制服に忍ばせ、スマホの時間を見ればまだ十六時二十分。 そう、わざわざ出向く訳では無い。 一体誰がこんな面倒な事をしているのか、先回りして確認する為だ。
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