かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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「んな訳ねーじゃん…」 悲しいかな此処はほぼ男子校の学び舎にて告白されるなんて事はまず無い。 いや、まず無いなんて言い方には語弊がある。 だって此処は共学とは名ばかりのほぼ男子校。 悶々とした思春期も野郎だらけの空間で過ごし、そんな多感な時期に芽生えた性欲も次第に自立し、けれどやっぱり周りは野郎臭マシマシであれば、性癖だの嗜好だのがそれなりに適応していくのは仕方が無い。 故に一時のテンションだろうが、妥協策だろうが、本来の性への自覚だろうが、好奇心を得てこんなの初めてからのなし崩しだろうが、男同士でのお付き合いがあるのは周知の事実と言うものだ。 だが、遊び相手でも本気の恋であっても、選ぶ自由と言うものがあるのは生きる上で酸素が必要なのと同じくらいに当然の事で、わざわざ学園内で疎外されている自分を選ぶ筈も無いだろうと言うのが影尾の見解である。 つまり、こんな長々と講釈を垂れた所で完結に言えば四文字で終わる話なのだ。 モテない。 ズバリこれだ。 (切な…) それに人の眼を奪う程に顔も良くない。最上級の誉め言葉として精々『浮気しなさそう』くらいのもんだ。 尤も同性愛者ではないのだから、この学園の生徒に告白されたとてお断り一択、且こちらも学生時代に恋心を抱くような事は無いだろう。 未だ少し凝り固まった首をゴキゴキと左右に曲げる影尾だが、そんな彼の様子を怪訝そうな顔のままの相良が見上げる。 「えー、じゃあ告白じゃないなら…うーん、」 ぶつぶつと呟き始める相良には悪いが、 「なぁ、こ〇亀ってさぁ知ってる?」 「こ〇亀?あぁ知ってるけど」 「フルで言える?」 「………こ〇ら葛飾区亀有公○前派出所、だっけ?」 「だよなぁ」 こち亀の題名も知らない様な奴らなんてどうでもいいわーーー。 何となくスッキリする事が出来た。 * 呼び出しから数日後。 本日は土曜日と言う事もあり、同室者の相良は元気良く部活へと飛び出して行った。 来月練習試合が我が校で行われるらしく、 『良かったら見に来いよっ!俺一応出場するんだぁ』 なんて、お誘いも受けてしまった。 寝起きの頭でぼんやりと頷いた気がするが、きっとあの御三家、と言うか、主に古賀が垂れ幕を引っ提げる勢いで向かうだろうと思うと行く気も半減する影尾はぼりぼりと頭を掻いた。 たまたま早めに起きてしまった為に相良と朝食も摂る事が出来たが、今までだったらまだ寝ている時間。 もう一眠りでもしようか、なんて思うものの、朝食を食べて直ぐ、二度寝も出来る気がしない。 仕方ない、布団を洗って部屋の掃除でもしよう。 思い立ったらすぐ行動。 そそくさと部屋に戻った影尾はせっせと布団をベッドから引き摺り下ろすとシーツを引き剥がし、枕カバーも取り外す。 それを抱えて部屋を出ると、向かったのは寮内にあるランドリー室だ。 無料で使えるとあって影尾にとっては非常に重宝しているのだが、殆どの生徒は有料であるクリーニングサービスを利用しているようで本日も予想通りと言うか、誰も居ない。 いや、他に人が居ない方が都合は良い。 変に気を使う事も無く、人の目を気にする事も無い。 布団用の洗濯機へと投げ入れ、シーツとカバーも隙間に押し込む。 スイッチを押し、スマホの方に終了を伝えてくれる様にセットしてしまえば、これで後は自動的に乾燥まで一直線だ。 後は部屋に戻り、簡単に掃除機でも掛ければ、なんて自室のある階まで戻った影尾だが、ふと扉の前に誰かが居る事に気付き、足を止めた。 しかも、数人。 (……うちの、部屋の前、だよな?) もしかして相良の友人だろうか。 御三家のうちの誰かで無いのは見て分かる。身長も放たれるオーラも色々と足りていないからだ。 では一体?と眼を凝らせば、あっと思い出される顔がひとつ。 (小野田、じゃね?) げぇっと出そうになる声を抑え、そろりと後退り。 そもそもうちは全寮制。当たり前にすれ違う事や互いに目視する事だってあるだろうとは思っていたが、まさか直接部屋まで来訪してくるとは予想外が過ぎる。 (えぇー…マジで何な訳…?) 呼び鈴を押すも、中から返答が無いからか、扉を叩いている小野田にくらりと目眩がしそうだ。 こうなったら一度は話を聞いた方がいいのかとも思うものの、本来は小心者の影尾にとっては結構キツい。 せめて誰か他の人間が第三者として立ち会ってくれるのならば、それもありかもしれないが。 「ーー何してんの、木澤」 「あ」 不意に掛けられた声と背中に伝わった感覚。 誰かにぶつかったと反射的に振り返ると影尾の目がくるりと上へと自動的に上がった。 「…早水、先輩、」 「何してんの?」 アイドルフェイスが本日も輝かしく、今ひとライブやってきましたと言われても可笑しくないその顔面の強さもそうだが、それ以上に袴姿なのがそう言う仕様でのお衣装ですと言われても力強く納得させられそうなくらいお似合いになっている。 「せ、先輩こそ、何して、」 「今朝練終わったから、ちょっと相良んとこでコーヒーでもって思ってたんだけど」 なるほど。 朝練を終え、自室に戻る前に相良とまったりタイムを抜けがけしようと思っていたのか。 ははっと乾いた笑いが出そうになる影尾だが、はっと早水を見上げた。そうだ、これは使えるかもしれない。
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