かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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天日干しでは無いにしろ、ふかふかの布団も出来上がり、香る柔軟剤も高価なものなのか、決して不快でも無く淡く香るのが有難い。 重く感じる身体を包み込んでくれる、至福を感じれる。 あれから結局マズいコーヒーを二回も淹れ、お茶菓子が欲しいと言う早水の為に学園内敷地にあるコンビニにまで走った影尾がチョイスしたのはみたらし団子にポテトチップスだ。 『何これ』 『みたらし団子、俺好きなんすよ』 『何でこれがコーヒーに合うと思った訳?』 ぶつくさと文句を言いつつも、結局ワンパック完食した早水が今度は昼飯はどうするのだとの問われた時は流石に我が耳を疑った。 まさか、昼飯まで一緒に行動しようと言うのだろうか。 もしかして小野田が再び襲来する事を懸念しての事かもしれないが、まぁその頃には相良も部活から戻り早水を相手してくれるだろう。 そんな事を考えつつ、適当に脳内に思い浮かんだのはまだ母親と二人で暮らしていた時の定番料理。 『俺、久しぶりに目玉焼き丼が食べたいっすねー…』 なんて、ぽろりと言ってしまえば、何だそれ?と意外に喰いついた早水に懇切丁寧に説明までする事となり、終いには、 『じゃ、作ってよ』 と、笑顔で言われてしまった。 一度部屋を出た早水が諦めて部屋に帰ったのかと安堵したのも束の間、すぐに戻って来た彼の手にはフライパンと卵、そしてビニール袋には調味料に真空パックされたウィンナー。 『はい』 渡されて受け取ってしまったのだから、もう引き返せないのだと影尾が気付いた時にはもう遅い。 一応小野田も撃退してもらったのもあり、断り辛いと言うのもある。 (仕方ない…) フライパンに油を敷き、卵とウインナーを投入、水を加え蓋をする。たったこれだけの料理とも呼べない作業だが早水から見られていると思うとやり辛い事この上ない。 ある程度火が通ったらニンニクに唐辛子、醤油、蜂蜜の調味料を入れ、そこから一分もすれば出来上がりだ。 相良が炊いたのであろう白米を勝手に丼によそい、早水からそれを受け取った影尾は卵とウィンナーを乗せ、フライパンに残っていた調味料も掛け入れた。 最後にネギも欲しい所だが残念ながら薬味にネギを揃えている様な男子高校生なんて知り合いに居ない。 『どうぞ…』 ついでに自分の分までちゃっかり焼き上げていた影尾は便乗する形で相良米に手を出す。 こんな貧乏飯を早水が旨いなんて思ってくれるかどうかなんて全く持って未知だが、 『いただきまーす』 と両手を合わせた早水が卵の黄身の部分をほぐしながらぱくりと一口食べた瞬間にほんの少しだけ眼を瞠った。 『えー…意外と、うま、』 『マジっすか』 『少なくとも朝のコーヒーよりはマシだねぇ』 『……………』 少しでも旨いと思って貰えるとは思わなかった影尾が驚いた風に顔を上げるも、黙々と食べ続ける彼の手は箸では無く大きめのスプーンが握られている。 学食の時も思ったがアイドルフェイスに負けないこの食べっぷり。 たくさん食べる君が好き♥なんて歌詞は、あんなの詭弁だと思っていた影尾だが、作ってた物をこんなにガツガツと食べて貰えればそれなりに悪くは無いと初めて説得させられた気がした瞬間だ。 その直後、部活から戻った相良が当たり前の様に背後に古賀をスタンドのように連れ帰り、リビングで二人して昼食を取っている姿に思いっきり顔を顰め、ずるい!!を連呼され、やかましい事この上なく、いつかまた作ると約束までさせられてしまった。 (疲れた…) なし崩しに夕食まで御三家共と食し、部屋に戻ればゲームしようと相良に誘われたものの、それは首を横に振り自室に戻り、今の状況だ。 部屋の掃除をしようと思っていた一日だったのに、捗る訳も無く。 全ては明日の日曜日の自分が頑張てくれるかもしれない。小野田も何が目的かは分からないが、諦めてくれると尚良い。 もふもふの布団に包まれ、スマホの時計を確認するとまだ二十一時前。けれど、だんだんと狭まる視界に瞼が負けているのだろう。思考もぼやける中、 (あ、俺、) ―――風呂入ってねーや。 * 別に潔癖では無いが、朝起きた時の不快感はどうしても拭えない。 「…風呂」 起床してすぐ、影尾が向かったのは洗面所の先にあるシャワー室。 まだ早朝六時と言うのもあり、相良も起きては居ない様子に普段ならば音を立てぬように動く影尾だが、そこまで気が回る程脳は活性化していない。脱衣所でもそもそと部屋着を脱ぎ、口元を覆う事無く大きな欠伸まで遠慮なく披露する。 自動的に出てくる涙もそのままにシャワー室のガラス戸に手を掛けたのだが、それより先に開いた扉に『え』と唇も同時に開いた。 自動ドアだっけ? 一瞬そんな事を思うも、いや、そんな筈は無い。そこまで札束の往復ビンタのような使い方をされているシャワー室では無い。 そう、だったら答えはひとつ。 「―――あ?」 シャワー室から出て来たのだから、当たり前に濡れた身体で出て来た男。 見覚えがある?勿論。 無かった方がむしろ怖い。 ピンク色した髪がしっとりといつもより濃い色味を出しており、前髪は後ろへ流している為、いつもより見える形となった御尊顔。 「木澤かよ。何一緒に裸の付き合いしたかったとか?」 ふっと馬鹿にするかのように持ち上がる口角が酷く妖艶さを醸し出すが、木澤影尾、男子高校生。 本能的なのか、ただの無意識下の好奇心からなのか、視線が自然と下に降り、 「…げぇ」 驚くほど低い声は、持ち主の御上にも伝わったーー。
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