かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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* 一人に慣れてしまっていたからか、人が居る空間に対し言い難い緊張感に苛まれる事がある。 それでも憧れていた人間関係。 もう出来る事はないかもしれないと諦めていた友人と言う立ち位置に、根気強く押してそこに立ってくれた相良にこっそりと感謝している。 付属として付いて来た古賀達は、ちょっと邪魔だし面倒だと未だに拭えない感はあるものの、口出すつもりはない。 相良は相良で付き合いと言うものがあって当たり前なのだから。 だが、 「おい、木澤」 「はい」 「俺はお前をライバルと認めてやろう」 「―――わー…」 朝っぱらから何を言って来るのかと思えば、キューティクルの申し子古賀からのライバル宣言に面白い返しをする余裕も無く、ふへらっと口元だけで笑った影尾はずずっとコーンスープを啜った。 どうやら昨日のゲーム対戦で一度も影尾に勝てる事無く、ことごとくバナナの皮で滑らされたり、爆破されたり、亀を投げつけられたりとされた古賀はコントローラーを握り潰さんばかりに憤っていたのだが、一夜明けてみればまさかのライバル宣言。 ふんっと洗い鼻息も和風美人には合わないがそこは流石の美貌でカバー出来るのからある意味凄いと違う所で感心してしまう。 「大体相良の事だって気に喰わないと思ってたんだ」 何だそれ。 口に出さなかっただけ偉いと自分を褒めたい。 すっかり朝食を共にする事は恒例になってしまった今、古賀の隣に座る相良もきょとんとしているのも笑える。 (ライバル、ねぇ…) そもそもライバルの定義とは?と見上げる斜め上。 好敵手?好敵手って、同等の力を持って競い合える相手って事?あれか、昨日の敵は今日の友ってやつ? こんな綺麗な相手が自分のライバル? どう見たって外見から頭の造り、家柄まで全てのスペックにおいて上を言っている男が? 早水も古賀をぽかんと見上げた後、え?え?と影尾と交互に見遣り露骨に動揺を見せる。 こんな奴をライバルに? そう言いたいのかもしれない、だって、影尾だってそう思っているのだから。 だが、しかし。 「……」 このくすぐったい感覚。 相良から親しくなりたいと言われた時の様な、それに酷似したむずむずと落ち着かない感情に爪先を擦り合わせる影尾は思う。 (友達…の、次に、ライバルが出来る、とか、変な感覚…) ―――考えても無かっただけに、何となくだがふわりと気持ちが高揚しているような、妙な気分だ、と。 「おい、聞いてんのか、木澤っ!!相良にチヤホヤされてるからって調子に乗んなっ、俺がマリカーだけの男だと思うなよっ!」 「うるさ」 * スマホなんて持っていても利用なんて殆どした事が無い。 アドレスだって自宅の宅電、母親の個人携帯の番号、一応入れてあるだけの義父の携帯番号と掛かり付けの病院のみ。 本当にこの四つだ。 何かあった時用にと持たされているが、何かあった時なんて事も無い。 確かに出掛けた時や知らない店に行く時に役に立った事は当たり前にあるが、誰かと密に連絡を取る為だと考えてみれば、これから先も利用する事はあるのだろうか。 教室の窓から見せる空を眺めながら、耳だけは一応流暢な英語を操る教員の方へと向ける。 そろそろテストが近いからと一気に捲られていく教科書は今日だけで五ページも進んだ。得意ではない英語だが赤点だけは避けたい。 ちなみに赤点三回で親を呼ばれ、青点となるものを取ってしまうものならば 一発で親が招集される。成功率百パーセントの召喚魔法のようだ。 そう言えば、長期の休みでも十日程しか自宅に帰らない影尾が最後に母親の顔を見たのはいつだろうか。 (声すら、聞いてねーや) でもだからと言って、寂しいだとか感じないのは、彼女とはそう言うご縁の元にあるのだろう。 早く家も関係無く、しがらみの無い外に出たい。 大学まで行って義父の会社の運営に貢献しないと、とか何とかまだ中学生時代の影尾に嬉々として語っていた母だが寒気しかない。 シンデレラの様に魔法使いを待つだけではダメだ。 かぼちゃなんて馬車にする前に敵へと投げつけるくらいの根性は培っておきたいものだ。 ―――――うん、言うだけは簡単だ。 「お前、木澤だよな」 「ちょっと付き合ってくれない?」 靴箱を出てすぐの死角から出て来た生徒達に、影尾の腕ががっちりと掴まれる。 しかも流れるようなこの動き。一体何度シミュレーションし、練習したのだろうか。 周りも気付かない位の速さで半ば引き摺られるような形で連れていかれた先は体育館裏にある倉庫前。 まずった、と思っても後の祭りで両脇も囲まれているならば、どうやら背後にも数人いるらしい。 そして、メインであろう目の前には、あの小野田がどんっと待ち構えていると言う、この状況。 「よぉ、木澤ぁ。この間はよくも俺からの呼び出し無視してくれたなぁ」 「………はぁ」 「はぁ、じゃねーんだよ、俺らがどれだけ待ってんのか知ってんのか?二時間だぞ、二時間っ!俺等の時間何だと思ってんだっ」 いや、一時間くらいじゃないっすか、何話盛ってんすか。と、言わなかったのはセーフだ。興奮している男に対し、男性ホルモンをぶち込むのと同じくらいの燃料投下になってしまう。 ついでに言えばお前達の時間だって何とも思ってはいない。むしろ、だからどうしたと言ってやりたいのはこっちなのだが。 だが、そんな事を思っていても仕方ない。半ば諦めにも似た心持で息を吐いた影尾は、そろりと視線だけを小野田に向けた。 「で?何の御用でしょうか?」 あくまでも冷静に、動揺なんてしていないかのように。
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