かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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小野田の腕がしなる程に締め上げている細くて長い指。 そろりと視線だけをずらせば、ピンク色の髪が頬に当たる。 「…み、かみ、先輩…?」 何故此処に? どうして、あんたが? 背後に居た取り巻き達は? つか、ダーリンって何? その設定ごっこまだ続けていた事にも驚きだが、矢張りそれ以上に何故此処に御上が居るのか、それが一番謎でしかない。 「小野田先輩、駄目でしょー。今度問題起こしたらヤバいんじゃないんすかぁ?」 「い、っ、痛っ、は、はな、」 見て分かる程に締め上げられている小野田の腕。御上のあの手に一体どれだけの力があるのか。 半ば唖然とそれを見ているだけの影尾の首にも御上の腕は回っているだけに、一瞬ゾクリと身体が竦むも、 「つー訳で、今日の事は見なかった事にしてあげるんでとっとと帰って下さいよ」 どこまでも軽やかな声が響く。 こんな屋外でも、だ。 小野田と言えば、掴まれていた腕を離され、ぎりぃっと此方にまで聞こえてくる歯軋りをしながら少しずつ後退していくが、ちらっと影尾を見遣った。 「お前…」 こんな状況でもまだ何か言い足りない事があるらしい。 「ダーリンって…お前らそう言う関係…なの、か?」 言うに事欠いてそれかよ。 しかも、頬を赤らめないで欲しい。ちょっと内股になっているのは何でだ。 「……い、」 いや、まさか。んな訳無いでしょーーーー、 「そうそう、そう言う関係なんっすよ。だから、小野田先輩、」 ーーーこれ以上関わるなよ。 耳元で聞こえる声は、ぞくっと背筋から悪寒を這い上がらせるそれ。 『何言ってんだ』と言いたいのに、言わせないかのような圧も感じとれ、それは影尾だけで無く、小野田にも伝わったのか、大きな舌打ちを放つと踵を返すと取り巻き共を引き連れて去って行く。 何とも哀愁漂う後ろ姿に見えるのは気の所為か。 きっと小野田本人も羞恥にまみれているのかもしれない。今時呼び出しだとか、恐喝だとか、こんな箱庭で何をやっているんだか。 静かになった体育館裏で、ぼうっとその後ろ姿を見送った影尾がようやっと息を吐く。 一気に重くなった肩や腕には想像以上に力が入っていたのか、抜けた途端の負担はかなり大きい。 と、思ったのだが物理的な原因もあるようだ。 「…御上先輩…重い…」 ガッツリと首に回されていた腕はそのままに、頭上からはぁーっと溜め息が聞こえる。 「何やってんの、お前」 「いや…こっちが聞きたいんすけどね…」 本当に何が何だか。 まさかの拉致から恐喝、暴行にまで突っ走られるのかと思いきや、御上の登場に起承転結なんて蹴り飛ばされたこの流れ。 その上オチも無く、あっさりと退場せざる得なかった小野田なんてかなり時間を無駄にしただけのように思える。 けれど、結果はこれだ。 「あの、ありがとうございました」 そう、結局は御上に助けて貰った形となってしまった。最悪ポケットに忍ばせておいたレコーダーを使ってみようかとも思ったが、出番も無かったようで、少し安堵したのも事実。 だったら礼は言うべきだ。 流石に此処で知らぬ存ぜぬの顔は出来ないと影尾の律儀さが表立つ。 「お前さ」 「はい」 すっと解放された首元の圧に、少しだけ上にある御上へと視線を上げる。 「相良の事言わなかったんだな」 「……何の事ですかね」 「どう見たって俺らの弱みなんて相良しかいねーだろ」 あぁ、そう言う事。 「言った所で今更でしょ。あんた達と相良が一緒に居るなんてそんなの周知じゃないっすか。小野田先輩だって、相良を使ってどうのこうのしようなんて思わないっすよ」 返り討ちにされて悪態を吐くのが関の山だ。 「それでも、あの三人の弱みは相良だ、特に古賀なんて尋常じゃない可愛がりようだ、なんて言ったら小野田も考えたんじゃね?」 「ーーーそうかも、っすね」 安易な事しか思いつかなそうではあるが、それなりにもしかしたら動いたかもしれない。 例えば相良に自分達だと分からない様に嫌がらせをしたり、じわじわと甚振って辟易させる事だって。 それを見れば古賀だって取り乱すだろうし、多少のダメージは与えられるかもしれない、と。 「でも、やっぱり小野田先輩には無理でしょ」 そう、色々とーーー。 基盤も土台も、何もかも。 相良の持っている魔法の杖は何処までも強さを増すものだ。 それに、 「つか、御上先輩は何でこんな所に居たんすか?偶然?」 「ーーーそんなとこ」 誰もが見惚れるくらいに甘く蕩けそうな御上の笑顔をこんな至近距離で見れるなんて、御利益がありそうだが、それ以上にごくっと身体が竦むのは彼の得体の知れなさにも似た何かを感じ取れるからかもしれない。 (本当、可愛がられてるわーーー) へらりと笑う相良が脳内に浮かぶ。 あんだけ毒気も無く、裏表の無い人間なのだから惹かれるのも頷ける。 現に、浮かんで来たのだ。 小野田に詰問されたあの時。 『友達になりたいな、って』 真っ直ぐな彼の顔がーーーー。 絆されているのだな、と思うと照れ臭い。 初めて出来た友人と言うものはこうも根付いてくれるとは。 俯き、ぼりぼりと頭を掻く影尾の顔が熱い。 「じゃ、俺寮帰るんで」 「木澤さぁ」 向きを変え、軽く頭を下げようと思っていた影尾に御上の声が被る。 「お前の短慮なとこも意外と面白いと思ったよ、俺」 「は?」
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