かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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「千早を使うとか、中々だったしな」 「………」 千早って誰だと思ったのも一瞬。 キラキラアイドルフェイスの早水がイェイと頭にカットイン、その瞬間、はっとした表情で御上をまじまじと見詰める。 楽しそうに眼を細めるその姿に、冷や汗にも似た汗が影尾のこめかみを伝う。 「はは、その顔不細工で面白いわ。それに免じてネタばらしな」 「…ネタ、ばらし…?」 ―――話を聞けば簡単な事。 小野田が影尾の部屋に襲来していた事、それを追い払った事、それらを早水が古賀達に喋っただけ、そうそれだけ。 確かにあの時古賀にチクっておこう、なんて言っていた早水は至極当然の事をしただけに過ぎず、その上それを聞いた古賀も勿論過干渉百パーセントに相良の事を心配するのは自然の摂理。 だが、小野田の目的も分からないままではあまり下手に手を出して逆上させても面倒だと、僅かに残っていた理性と冷静さで渋々ではあるものの、古賀を筆頭に相良の周りの様子を見る事になっていたようだ。 「でもさぁ、俺思った訳よ。『あの人誰だ、相良に用があるのかも』って意識を最初に千早に植え付けたのはお前で、でもさぁお前が小野田を知らない訳がねーよなぁ、って」 「―――…」 「あんだけ素行が悪い小野田だし、無駄に人の弱み集めてるお前が知らない訳無いだろ?って事は、自分に用がある小野田を面倒だと思って千早を使って撃退させたんだろ?」 まるで一連の流れを見ていたかのように流暢に話す御上に間違いが無いのが逆に恐怖を掻き立てられる。 「千早を使ったメリットは二つってとこ?手っ取り早くあの場から小野田を遠ざけられるし、相良の名前を出す事で柊梧を先頭に守りを固めて何かあれば相良は対応出来る事」 いやー浅すぎる思慮だけど中々考えたんじゃね?と首を傾げて笑顔を見せる御上とは反対にきゅうっと皺を作り出す渋い表情の影尾の対比がえげつない。 お前そんな顔するんだと笑われる程に。 「――そこまでは、考えてない、っすよ…」 「ただ、ちょっと疑惑はあってさ」 「疑惑?」 「小野田を知らないなんて言うお前に対する違和感つーか。だから俺の独断でちょっと見張ってたんだよな」 「…見張って、た?」 「もしかしたら、相良にターゲットを向けさせたのかもって懸念」 ――――何が偶然だ。 ゾクっとする程の視線の奥に感情が見え隠れする。小野田の眼を相良に向けるなんて考えた事も無かったが、そう思われてもおかしくは無いのは影尾の失敗だ。 「けど、さっきのやり取り見てる限りじゃそんな事も無かったし、だから助けてやっただろ?」 「…どうも」 御上は御上なりに相良の事を心配して独断で動いていた先にまんまと小野田が動いてくれたと言う訳で、それはそれは成功とも言える事なのだろうが何とも言えないこの感じ。 (あー…) 本当ならばこの場でしゃがみ込み思いっきり溜め息を吐き出したい。 小野田にビビっていた緊張感から解放され、知らぬ間に御上からは斜め上の疑惑を掛けられ、妙なしんどさしか無い。けれど、この場でそんな情けない姿は晒せないジレンマに小さな歯軋りしか出来ないのもまた苦痛だ。 うん、帰ろうーーー。 さっさと寮に帰ってグズグズと布団に縋りたい。 どうせ相良は今日も元気よくボールを追っかけている事だろう。ちょこっと泣いてしまったとしても気付かれる事は無い筈だ。 御上へと向き直った影尾の行動は早い。 思い立ったら何とやら、と言うよりは思い切り身体の力を抜きたいと言う気持ちが強いらしく、気力を振り絞るとほんの少しだけ口元を緩めた。 「兎に角先輩がどう思ってたかどうかなんて関係無く、助かったのは事実ですし、ありがとうございました。俺帰ります」 滑舌良く一気にそれだけを言い切ると再度頭を下げると緩やかな動きで御上へと背を向ける。 御上も着いて来る気配も無く、内心安堵の息を吐く影尾は足早に寮へと急いだ。 * 今日学んだ事は意外に大きい。 浴びていたシャワーの湯を止め、ふぅっと息を吐く影尾はまだ水分の滴る髪を後ろへと流す。 (俺ってアドリブ効かねーのなぁ…) あの時御上が来なかったらどうなっていただろうか。 (やっぱ殴られてたかなぁー…) 流石に小学生時代の嫌がらせに顔を殴られるなて事も無く、結果他人様から殴られた事等一度も経験していない故、『 親父にもぶたれたことないのに!』なんて台詞も言った事は無い。 簡単に捕まってしまったのも問題だ。もう少し警戒すべきだった。 バスタオルで身体を拭き部屋着に着替えるとドライヤーを適当に髪へと当て、ある程度乾かすと此処でようやっと影尾は肩を下げた。 出来上がった若干猫背の撫で肩は中間管理職のそれと同等。 (そろそろ…効かなくなってんだろうなぁ…) 感じているのは『魔法』の効力の薄さ。 小学校、中等部までは影尾の持っている情報に恐れ慄く者の方が多かったのは自他ともに認めている。 下手な事をして影尾から弱みを握られる、握られた弱みをネタにされるかもしれない、学校側にリークされるかもしれないと言う危惧。 だが、それも高等部にもなれば影尾以上に頭を使ってくる人間もいれば、小野田の様に腕力で物を言わせてくる人間だっているのは確かな事だ。 (そう、だよなぁ…ボコボコにされたら、意味ねーじゃん…)
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