かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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その危険性は高いと思っていたが考えない様にしていたツケが回って来たのだと自覚すれば気持ちが沈んでいくのが分かる。 今回はたまたま御上が先回りしてくれたお陰だがこれからどうなる事やら。 (つーか…あの人って意外と頭脳派?つーか、鋭いっつーか…) 頭がピンクだからか、軽そうに見えるも脳内までもその色に冒されている訳では無いのは噂や校内の評価でも理解していたつもりだが、実際目の前であれだけ人の心を読んでいるかのように流暢に語られると羞恥心にも似た気持ちが沸き上がってしまう。 まだ相良も戻っては居ないのを幸いに素早く自室へと入り込むなりベッドへと飛び込む影尾はようやっと、はぁぁぁぁぁぁっと息を吐いた。 この調子では明日頃、いや、早くて今日の夜にでも古賀からの質疑応答があるかもしれない。 「だりぃなぁ…」 誰にも聞こえない位の声は小さく、すんっと鼻を鳴らす音だけが室内に響き渡った。 予想通りと言べきか、次の日の放課後。 影尾がインターホンに呼ばれたのはまだ部屋に入って数分もしない内。最近の面倒事に身に付いた警戒心を持ち、そろりと扉を開ければ、知った顔と言うには目を潰さんばかりの顔が並び、ほんの少し開いた扉を手慣れた様子で掴み、大きく開くと中へと身体を滑り込ませた。 玄人の取り立ての様な無駄の無いこの動き。 「よぉ」 「…どうも」 古賀、御上、早水と続き、勝手知ったる顔でリビングへと進む中、ちらりと影尾へ視線を向けたのは早水だ。 しかし、それも一瞬の事ですっと逸らすと古賀の後に続きリビングへと入っていく。 あと十分程で相良の部活も終わる時間。 甲斐甲斐しくお出迎えするのだろう。 普通の男がやれば不審者だが、これだけ見目麗しい男達ならばストーカーなんて言葉も不要な事のように感じるのだから世の中理不尽でしかない。 そして、 「木澤。来い」 ポチかタマか木澤か。 そんなイメージを生み出し、複雑な感情で影尾もリビングへと向かうと、いつものソファにどんっと構える古賀が顎でしゃくる。 これまた古賀と対面するソファに座る御上の隣にも若干慣れた影尾が素直にそこへと腰を下ろすと隣からくすっと笑う声が聞こえたような気がするも、そこに意識が向かうよりも先に、あのさ、と掛けられた声に顔を向けた。 「お前、俺らの事で絡まれたんだって?」 「―――あー…」 想定内だっただけに特に驚く事も無く、軽く肩を竦めて乾いた笑いを浮かべる。 相良を巻き込むんじゃねーぞぉと釘を刺されるのか、それとも間抜けだなと笑われるのか、それとも、 「―――悪かった、な」 「え、」 理不尽な罵倒のひとつでもあるのかと思っていただけに、出て来た声は間の抜けた影尾の声はいつもよりもイチオクターブ程高いモノ。 ついでに肩も跳ね上がらせ、きょとんとした風に口も開きっぱなしにする後輩に、古賀も驚いた風に眼を瞠るも、すぐにその顔は渋いモノへと変わった。 「聞いてんのかよ」 「へ、あ、いや、」 聞いていた。聞いてはいたが、いまいち自信が無いと言うか。 「何か…絶対にありえない謝罪の言葉が聞こえたような気がしまして…」 「……お前マジで失礼極まりないな」 絵に書いたような不遜な態度を取っている男が何か言っている。 いや、だがしかし、それよりも古賀の謝罪の方が気になって仕方ない。 「あの…何の謝罪なんすかね」 「だから…俺等の所為でお前が小野田に呼び出されたって虎壱が言ってたからさ」 すっと視線だけを御上へと向ければ、素知らぬ顔でスマホを操作する男はこちらを見もしない。 けれど、その口角が少しだけ持ち上げられたのを見逃さない影尾は、ほんの少しだけ眉を潜めるも、またそろりと古賀を見遣る。 その整った顔立ちはいつも通りだが、気まずさを感じているのか、合った筈の視線が逸らされた。 「別に、先輩の所為じゃないと思うんすけど」 「けど、お前俺等の弱み握ってこいとか言われたんだろ…」 「…まぁ」 「それもお前はちゃんと断ったけど、殴られそうになったとか言うからさ…」 「…まぁ」 「それ聞いたら、ちょっとは悪かったって普通思うだろ」 普通の感覚とかあったのか。蕎麦か古賀の頭くらいでこの男の頭の中は相良の事で八割は締められていると思った影尾が思わず、へぇ…っと小さな簡単な声を上げる。 「で、だから、悪かった、っつーか、ありがとう、っつーか、」 またざわつく、この不思議な感覚。 むずむずとした胸の辺りが少し擽ったいような。 「どうも…」 謝罪だけでなく、感謝の言葉までも。 だが、どう答えていいのか分からない。何が正解なのか、不正解なのか、どう反応したいのか、と自分の事ですら。 だからかもしれない、と言う訳ではないが、古賀と早水、そして御上がそんな影尾を見てぱちっと眼を瞬かせた。 少し照れた風に目元を赤らめ、唇をきゅっと真一文字に結びながらも、綻んでしまいそうに頬が引き攣るその表情。 身体も小刻みに動いているが、震えている訳では無く、ソワソワと落ち着かない風で俯いた前髪も前後に揺れる。 そんな事に気付かないのは影尾本人ばかりで、戸惑っているようにも見える姿に、無意識なのだろう、早水がその顔を覗き込もうと長身を屈ませた。
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