かぼちゃの馬車はあとで美味しく頂きました

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が、タイミング良くと言うか、 「ただいま、って、あれ。また柊梧達来てたんだ」 「おかえり、相良」 スポーツバッグ片手に帰宅した相良がやれやれと肩を竦める中、勢いよく垂直飛び日本一でも目指す勢いで立ち上がった古賀がわらわらと愛しの甥っ子を出迎える。 だが、そんな男の交わし方等手慣れた事早数年。 軽くあしらいつつ、近付いたリビングに同室者まで居ると分かった途端、部活終わりの疲労に満ちていた顔をぱぁっと輝かせた相良はいそいそと影尾に近付き、『影尾も居たんだ、ただいまぁ』なんて声を掛けるも、すぐにピタリと動きを止めた。 「おかえり」 淡々と返事も返してくれる。 愛想は無いけれど、最近だいぶ受け入れられたようで、初期の頃のような警戒し、距離を取られている様子は無い。 でも何となく違うと感じるのはその雰囲気だ。 いつもよりも、もっと幼く感じると言うか、口では説明し難い、けれど絶対的に違和感を感じる。 例えて言うならば、刺々しい毬栗を向いてみればそこには甘いほくほくとした栗が既に甘露煮になって登場する、三分クッキングを見せられた、とでも言うべきか。 「……影尾、何か、あった?」 思ったままをそのまま伝えてしまうのは相良の動揺っぷりを露呈するもの。 その上、『何もないけど』と影尾は曖昧に笑ってくれたのに対し、そのタイミングで早水と御上がすっと視線を他所へとやった。 特に早水は若干項垂れている様にも見える。 (一体何だ…?) 何となく面白く無いと感じるのは、自分の知らない所で自分の幼馴染が憧れの対象でもある友人と同じ空間に居ると言う事なのかもしれない。 だって、自分だって影尾に向かって声を掛けるだけの行為に三年くらい掛かったと言うのに。 「相良、今日めっちゃ旨いケーキ手に入ったからさぁ、後で食おうぜ」 過保護過多の古賀まで煩く感じてしまう。 そんな嫉妬混じりの感情の赴くままにぷくりと頬を膨らませ、唇を尖らせてしまう相良はぎゅうっとスポーツバッグを握り締めた。 「何か…あやしー…」 「何が?」 「何か分からんけど、怪しいって感じるんだよ、俺の第六感が」 大真面目に眉を潜めた侭、はっきりと胸を張ってそう言えば、くりっと影尾の眼が動き、次いで、 「はは、何それ」 見せてくれたのは笑み、だ。 ――――あ、 困った風だけれど、不自然じゃない。 いつか見た人を小馬鹿にする様な口の端を持ち上げるだけのモノでも無い。 自然に口角を上げた影尾を相良が穴を開けんばかりに見詰める中、古賀も偶然その笑みを見てしまったのか、思わず動きを止めた。 「取り合えず、風呂入ってくれば?汗掻いてんだろ?」 「あ、う、うん…」 ランクアップした気分だ。 こんな笑顔を見せてくれるなんて、友人として一つ上に上がったのでは? 半ば強引に友人になって貰った感が強く、罪悪感があっただけに脳内に脳内に流れたレベルアップ専用の音楽が確実な物になった。 先程の不機嫌さも一体何処へ行ったのやら、眼を輝かせる相良がおずおずと影尾の袖を掴む。 「あ、のさ、再来週からテストじゃんか、で、来週はもうずっと部活無くてさぁ、そのテスト勉強とか、一緒にしたいなぁって思うんだけど、」 「あぁ、いいよ」 「お、おぉ…!」 一緒にテスト勉強なんて面倒臭い。そう言われたら、言われずとも口より達者と言われている眼で訴えられたりしたら泣いてしまうかもしれないと思っていただけに、こんなにリズム感の良いレスポンスで了承の返事をくれるなんて。 「や、約束なっ」 「うん」 影尾の声音に一切嘘は感じられない。 勿論影尾も嘘を言っているつもりは無く、わーいと自分の手をぶんぶんと揺らす相良にふっと眼を細めた。 この同室者の素直さに影響されたのかもしれない。 考えてみれば、断る理由だって特別無いではないか。 ちょっと残っていた気まずさは己のコミュニケーションの経験の無さから来るもの。だったら少しずつでも距離を縮めつつ、経験値を上げていくのが一番だろう。 「相良っ、俺の方が色々教えてやれるぞっ。どう考えたって木澤より俺のが役に立つだろうがっ」 「でも柊梧だってテストじゃん。俺等の事は気にしないで自分の勉強しないとだろっ」 「俺は優秀だから大丈夫なんだよっ、俺等で学年トップ3回してんの知ってるだろっ」 「いいって。じゃ、俺シャワーしてこようっと」 「あっ、相良っ、」 (――――うるせー…) また騒がしくなった室内に片眉を潜める影尾はそっと離脱し、湯を沸かす。 マズイ茶だとか何だかんだとケチを付けられた代物だが茶でも飲んで落ち着いて貰おう。 騒がしく煩いのは変わらないのに、不思議と嫌な気持ちにはならない。 謝罪と感謝の気持ちを言われただけで、こんなに浮ついた気分になるなんて知らなかった事だけに戸惑いつつも、煌々とした気持ちになるのが自分でも抑制出来ない。 初めての経験にどうしていいのか分からない、最近そんな事が多すぎて辟易している筈なのだが、影尾は思う。 (…何か、マジで学生やってるって気分だわ…) きゅうっと恥ずかしくてしゃがみ込みたくなる、この感覚。
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