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「木澤」
「ーーーわ、っ、何っすか」
「んだよ、日本茶かよ」
日本茶のパックを持った影尾の手に眼をやり、溜め息を吐く御上がすっかり知った後輩の部屋の簡易キッチンから紙コップを取り出すと、どうやら持参してきたであろう紙皿とフォークを取り出す。
「お前、甘いモン好き?」
「甘いモン…?好きっすよ。特に和菓子とか」
「和菓子…」
一瞬怪訝そうに眼を細めたのは見間違えだろうか。
「何が和菓子だ、文句言ってんなよ」
「は?」
声がした方はテーブルの方から。
そこにポンっと置かれたのはホールケーキだ。たっぷりの生クリームに負けない程に苺の敷き詰められたそれ。
と、自信満々に腕組みする古賀。
「俺の母親が厳選して送って来た奴だからな。甘い物好きの母親でこうしてたまに送ってくれるんだが、そこらのコンビニケーキとかと一緒にするなよ」
「はぁ…」
「相良も甘い物好きだからな。きっと喜ぶぞっ」
なるほど。
母親からの差し入れは相良へのポイントアップの為に使用されると言う訳か。何とも古賀らしい。
ふっと笑そうになるが、
「千隼っ、お前それサイズがえらくバラバラじゃねーか!?」
「煩いなぁ、目が悪くなったんじゃないの?大体五等分とか難しいんだけどぉ」
ナイフを持つ早水が器用にクルリと手元でナイフを回した。
ーーー五等分?
何故に五等分?
古賀、御上、早水の御三家と相良で四人。十字に切れば即完結な話ではないか。
もしかしてもう一人誰かこの部屋に来るのでは?
人の部屋で好き勝手な事をと思う反面、室内の酸素が足りなくなりそうだな、と思わずどうでも良い心配いをし遠い目をする影尾から溜め息が洩れた。
「おい、一番デカいのが相良のだからな。木澤、お前はどれでもいいだろ?」
「へ、」
「だから、お前はどのサイズでも文句言うなつってんだよ。カットが下手な千隼に文句言えよ」
「文句言ってんの、柊梧でしょお。つか、自分でしろっつーの」
「木澤何ぼさっとしてんだよ。マズイ茶早く淹れろよ。あ、俺はコーヒーな」
「…………」
それぞれが勝手な事を好きなだけ喋っているにも関わらず、妙な空気にも嫌悪感が溢れる訳でも無い。これが気の置けない友人と言うものなのだろうと、影尾が感じた事も無い空気感に感心する中、
(――つまりは、俺の分もあるって事か?)
五等分されたケーキを紙皿へと分ける早水の手に迷いは無い。
「あ、やべ。フォークが二本足りねぇわ。三人は箸だな」
そんな適当な言葉通り、戸棚から割り箸を取り出す御上が呆けた様に手を止め、急須を持った侭の影尾をチラリと見遣る。
「マジで何ぼーっとしてんだよ」
「あ、いや…」
「言いたい事があるなら言った方がいいんじゃねーの。そう言うのこっちが気持ち悪いんだけど」
そう言われてみれば確かにそうかもしれない。
構って欲しいだけの面倒な人間にも見えるかもしれないと、一瞬口籠ったものの、影尾はぼそりと口を開いた。
少しだけ視線を逸らせて―――。
「俺の分も、あるんだな、って、」
「あぁ、相良って甘いもん好きでさ。差し入れだなんだって言ってるけど、柊梧って小さい頃から旨いケーキやら菓子やら、でっけぇ綿飴やらで御機嫌取りと好感度上げしてたんだよ。けど、相良だけじゃ食いきれねぇから、結局皆で食うまでがセットつーか」
「な、るほど、」
物で釣って喜ばせる事に成功した後は、皆で処理に掛かる、と。
食べ物を使った動画で、炎上を避ける為、『この後スタッフで美味しく頂きました』と、ご丁寧なテロップを付けるユーチューバーのようだと、思わずくすっと笑ってしまった影尾の尻に入ったのは蹴りだ。
「いて、」
軽い衝撃に言う程痛みは無い。
「おら、さっさと茶。相良が風呂から戻るだろ」
「はいはい…」
紅茶なんて洒落たモノは無い為に、全員コーヒーで良いかとインスタントコーヒーの粉を準備した。
(やっぱ、変な感じだよなぁ…)
この面子の中で一緒にケーキをお裾分けして貰える、なんて。
彼等が用意した、相良が喜んでくれる事だけの為のそれはまるでシンデレラの為に魔法を掛けられたかぼちゃの馬車や従者、ドレスのようだ。
きっと古賀も相良の笑顔が見たいと、ずっと続けて来た事。それに早水や御上も協力しながら、一緒に笑い合っていたのだろう。
そこに自分が混ざるなんて、考えれば考える程不思議で不可解に感じるのだが、湯が沸くとすぐにカップへと注ぐ。
「木澤、こっちな」
テーブルに置かれたケーキは見事五等分。少々不揃いなのはご愛嬌なのだろう。
「つか、夕食前にこんなん食ったら胃もたれしそう…」
「んだよ、お前貧弱だなぁ」
それでもだったら食うなと言わない古賀は、ふふんっと笑うだけだ。
「早く座れば?」
「………」
いつも影尾が座るソファの隣には、当たり前の様な態度で座っている御上もにやりと口角を上げる。
「何これ、安っぽい匂いがしない?」
「…文句があるなら飲まなきゃいいんじゃないっすか」
「言うねぇ」
じろじろと絡んでくる御上の細くなる眼。
そして、艶々とした苺が眩しいケーキ。
「何?何だかんだ腹減ってんの?」
御上が揶揄う様にケーキを見詰める影尾を笑うが、
「…うん」
ポツリと洩れたその声に、ぱちりと瞬きをひとつ。
それが影尾の本音であるかどうかなんて本人しか知らぬ事、むしろ本音だろうが偽りだろうがどうでもいい事なのかもしれないが、シャワーから上がって来た相良が並ぶケーキに眼を輝かせ、その場に友人が居た事にも小躍りせんばかりに喜び、皆と並んでケーキを完食したのは当然の事で、それを見る古賀も多幸感を感じていたのは紛れも無い事実だ。
誕生日でも、一人でケーキを前にした影尾には眩しいくらいの魔法ーーー。
ちなみにだが、箸でケーキを食す事になったのは古賀、御上、相良の三人で、ジャンケンに見事勝利しフォークを使用する影尾にギリっと恨みがましい視線を送る美丈夫のそれは見事無視してやった。
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