3225人が本棚に入れています
本棚に追加
目を覚ます方法
不思議なものであれから小野田の接触はピタリと止んだ。
たまに寮の食堂で見かける事はあっても、向こうから声を掛けられる事も、眼を合わせる事すら無い。
(平和だ…)
ぽやっとしたまま朝の寝起きの流れで啜るコーヒーが旨いと呟く影尾は、ほうっと息を吐く。
テストも昨日で終わり、今日を乗り越えれば三連休がやって来る。
部活をしている訳でも特別な趣味がある訳ではないが、惰性の極みに興じるのもいいかもしれない。
いや、それよりも久々に家電量販店巡りでカメラを見るのもありか。
母親から預けられたカードを利用するつもりは無い為に、ただの目正月、眼福目的だがたまには、と思うものの、外出届を出すのが酷く面倒だとも思ってしまう。
人付き合いを全くしなかった為か、行動範囲も狭ければ腰も重いのが厄介な所だ。
「あっ、おはよぉ、影尾っ」
「はよー…」
朝から笑顔で挨拶が出来る人間は偉い。
動きも機敏でさっさと動き、顔を洗ったのかと思ったらすぐに冷蔵庫から取り出したトマトジュースを手にソファへと座り一気に煽る。
「明日から三連休とか、今日を頑張れそうだよなぁ」
思う事は学生皆同じなのか、上機嫌にニコニコと笑って見せる相良は空になったペットボトルをテーブルへと置くと、それでさぁ…っと急にトーンダウンした声とちらちらと伺う様な視線。
「何?」
「影尾って、マジで休みの日って何してんの?見てる限りじゃ、部屋からあんま出てこなかったじゃん」
「あー…別に、何も」
「何も?」
「うん。寝てたり、ネット見てたり」
「出不精、ってやつ?」
「そうかも」
そうかも、なんて言ってみても、結果はただ休日の過ごし方をこれしか知らないと言うオチなのだが、言うのも憚れる。
(だって、何か恥ずいだろ…)
今迄友人らしき人間が居なかった為に、休日に出掛けるだとか、一緒に過ごすだとかを経験する事無く、悪化したのはコミュ障と人見知りだけとか。
だからと言って家族との団欒があったかと言われれば、そんなものもある訳も無く、服すら母親が購入していたものを中等部までは着ていた程だ。
高校で入学してから自分が身に着ける物はネットで購入するようになった遅咲きのお年頃を迎えた影尾がぼりぼりと頭を掻く。
「あのさぁ、その、だったらさぁ、」
「あ?」
まだ話は続いていたらしく、もじもじと身体を揺らす相良がいつの間にか空のペットボトルをくるくると掌で捏ね繰り回し、てへっと見せるのは照れたようなはにかんだ笑み。
「俺と、そのー…遊びに行くとか、どう、かなーって」
「遊び?」
「う、うん、たまには俺もやっぱシャバの空気つーの?学校と寮の往復だけじゃつまんねーし、部活もちょうどグラウンド整備で自主練だしさっ」
そう、折角の三連休。
矢張り此処は友人になれた憧れの影尾と何処かへ出掛けたい、一緒に遊びたいと思うのは至極当然の事の筈だ。
特別に何かしたい事があるのかと聞かれたら答えはノーだが、それでももっと影尾の事が知れるのならばそれだけで相良にとっては価値がある一日になるだろう。
「で、ど、どう?あ、行きたい所があったら俺も付き合うしっ」
「あー…」
キラキラとした相良の大きめの眼が朝日よりも眩しい。
可愛らしくも感じると思う辺り、それなりに相良に対しての好感度は明らかに急上昇しているのだろうが、どうしても拭えない不安がある。
(コイツと出掛けるって事は、)
―――
―――――――
「――――と、言う訳でだ」
「どういう訳なのか、さっぱりなんですけど」
「黙れ、俺がまだ喋ってるだろうが」
今日もまた平和に一日を終え、自室へと戻って来たと言うのに早速リビングには部外者が三人。
もうすっかり違和感も無くなってしまったのが何となく癪に障ると思うが、言える筈も無く、古賀、御上、早水と並んだ其処に溜め息だけを零した。
「お前、相良と出掛けるんだって?」
「はぁ…」
いや、まだはっきりと決めてません、と言う間も無く、古賀からは、ちぃ!!!っとテーブルを貫通せんばかりの舌打ちが発せられる。
「いや、まじで、デートとか許すとか思ってんのお前」
「デート…」
え?
待って、これデートになるの?
男同士なのに?ええ?二人で出かけたらデートなの?
友人同士であっても、デート?
ええ?
もしかして俺の知っているデートと世間の常識は若干違うのだろうか。
思わず陰影濃く、真顔で固まる影尾の脳内は見た目とは裏腹に大パニック、かなりのカオスを極めている。
流石人間関係皆無、人との関わり方を破壊しながらスキップしてきただけある。
けれど、よくよく考えてみればそんな常識なんてある筈も無い。
「デートじゃないっしょ…」
「いーや、俺がデートっつったらデートだろうがよ」
なるほど、彼の中での法律と言う訳だ。
こう言った思考で絶対王政と言う恐怖政治にも似た世界が出来上がるのだろうなと目の前の古賀を乾いた笑いを添付し見詰めるも、そんな影尾の視線等気にもしない古賀はもう一度冒頭の言葉を口にした。
「と、言う訳でだ」
「二回も言うんすね」
「仕方ないから俺等も付いて行こうと思っている」
良い提案だろうと言わん限りのキメ顔が男前だけに腹も立つ。
最初のコメントを投稿しよう!