魔法使いの定義

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だが、淡い期待は反語となって剛速球で顔面にぶち当たってくれる。 伊達に小学校の殆どを嫌がらせとぼっちと拗らせで過ごしていた訳では無い。 (え…) 友達、とはどうつくるものなのか。 まず何て話しかけるんだ? 入学当日、真新しい制服の侭クラス内を見渡す影尾にぶち当たった問題。 共学だと謳ってはいるものの、男子校と女子校に別れ、その距離ほぼ他校並み。故に同性しかいないのであれば、変に気負う事無くなんて思っていたのに。 やばい、これは普通にやばい。 まだまだ幼い顔つきのクラスメイト達の表情は親と離れた生活が待っている為か不安そうにしながらも、それでもこれからの学校生活にそれなりの期待を滲ませ眼をキラキラとさせている。 そして、隣の席や後ろの席の同じ年の生徒達に緊張しながらも何とか話しかけている姿を見るともっと焦り出してしまった。 前の席に座っている少年から『何か緊張するよな』なんて声を掛けられるも、『あー…うん』くらいしか返事が出来ない。此処から名前は?から始まり、もっと会話を広げる事だって出来たかもしれないが、それが出来ないくらいにコミュ障が立派に自立していたのだ。 その上、愛想が良ければまだ良かったのだろうが、笑い方も分からない。 そうなればぎこちなさも出てくる、挙動不審の気持ち悪い奴なんて思われるかもしれない。 考えれば考える程、負の思考しか出てこない。 キモいとか、また嫌がらせの対象にされるなんて嫌だ。大体元は泣き虫で気弱な陰キャ代表。しかも前は家で泣く事も出来たが、今度はそんな事も安易に出来ないかもしれない。 (うわ…無理、マジ無理…っ) さぁっと蒼褪めると同時に兎に角今自分がどう立ち振る舞わなければならないのかに全力で思考を持って行った。 それから何度か話しかけられる事があったものの、影尾の努力は唇の端を持ち上げ、眼を細める程度に筋肉を動かす程度に留まり、返す言葉も極力上擦らないようにと、『そうなんだ』『へぇ』『ふぅん』等の短い返事が殆どとなってしまった。 そのお陰で、と言うか、 『何か…木澤って怖いよな…』 『分かる…何考えてるか分かんないつーか…』 『ちょっと…近寄りがたいよな』 『何かさ、デジカメとか持ってウロウロしてるの見た事あるんだよなぁ…』 『何それ…何してんの…?盗撮、とか?』 そんな評価になるのに時間は掛からないというもの。 更にそんな影尾の評判に輪を掛けたのが、入学して半年以上経った頃の事だ。 未だ社交性も育たず、ぼっちの影尾には一応の保険にとちょこちょこと色々な情報を収集する為の時間は想像していた以上にある。 それが幸か不幸か、 「………………」 自由な時間たっぷりの放課後に、見てしまったのはサッカー部の先輩から囲まれる一年生の姿。 どうやら聞こえてくる会話、いや怒号混じりのそれは明らかに難癖を付けられ、見て分かるいびられをされているようで一年生達はプルプルと小刻みに身体を震わせ、泣いている者まで。 何故こんな場面に出くわしてしまうのか。 しかも、ばっちり向こうも此方に気付くなんて。 流石に部外者が今の現場を見ていた事にびくっと眼を瞠った先輩方だが、そこは上級生、すぐに『見てんじゃねぇよっ』と凄みを見せる。 けれど、ぐすっと泣いている同じ一年生を見て心が痛まない訳が無い。 ―――――カシャ、 フラッシュと共に聞こえた音。 「後輩いびり、激写っすねぇ」 ニコっと笑ったつもりだが、第三者から見れば、にやりと擬音が付く笑顔を付けて、デジカメを見せる影尾に再び驚愕したように身体を強張らせた上級生に畳み掛ける。 「これ、部活動総括の先生に見せたら大変じゃないっすか?多分部活停止命令、最悪半年くらい練習試合にも出れないかもしれないっすよ?」 そして、ついでに見せるもう一つのアイテム。 「これ、レコーダーなんですよ。会話付きの証拠なんて、言い訳も出来ないっすよね」 入学祝いに何が欲しいかと聞かれ、与えられたボイスレコーダーが早々に役に立つなんて、このレコーダーも感無量な事だろう。 ちなみにだが実際は何も録音されてはいないが、嘘も方便、マッチングアプリに加工は当然。 面白い位に顔色が変わる上級生を前に、手ごたえを感じる影尾は大袈裟に肩を竦めながら、最後にもう一度笑みを見せた。 「これ、ばら撒かれたくなかったら後輩いびりとかダセー事、しないようにして下さい」 よし、そして此処でダッシュ。 あまり運動は出来るタイプではない。追いかけられてボッコボコにされるなんて冗談じゃない。 だが、そこはまだまだ中学生。 そこから影尾が背後に気を付けて歩かねばならないような事も無く、しかもサッカー部では後輩いびりも無くなったらしい。 どうやら効果は予想以上にあったらしく、 (えー…俺って人助けしちゃった感じ?) もしかしてこれで交友関係が出来たりして、なんて思ったのも束の間。 『え、木澤って情報収集して人を脅す事やってんの?』 『何かそれで金とか集金してるんだって…』 『もしかしてアイツの家ってヤが付く…とか?』 『中学生でそう言う事してるって…怖いよね…』 『初めて笑顔見たけど、すんげー邪悪そうな顔してるって言ってたよ…』 ―――――何でだよ。 ガクッと肩を落とすと同時に何とも言えない溜め息は、誰にも分からないくらいに重く深いものだ。
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