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どんな顔をして見詰めていたのか、自身ではよく分からないが、影尾の視線を受けていた早水がほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。
「何?気に入らないの?」
「いや…気に入らないとかではなくて、」
「じゃあ何?少しオーバーサイズの方がこれは可愛いし、トレンドなんだけど」
「あー、そうなんすね…トレンドとか知らないから助かります…」
「だろうねぇ」
「…………」
だからと言ってどう問うたらいいのか、さっぱりだ。
『何で先輩が俺の服選ぶんですか?』とか、どう考えても失礼な気がすると、首を捻る影尾にぐいっと半ば無理矢理に服を押し付ける早水は、そのアイドルすらも撃ち落すと言われる顔を少し歪ませると拗ねたように唇を尖らせた。
「虎壱が、」
「は?」
「虎壱だよ、御上」
「あ?あぁ…」
何故ここで今度は御上が出てくるのか。影尾の頭上に山菜かのように千切る間もなくハテナマークが生えてくる。
「虎壱が、木澤の事、なんか認めてるっぽいからさ」
「…………」
え?
ますます分からない。
もう生えようがないくらいに影尾の頭はハテナマークで埋め尽くされ、ハテナマークとは一体何だっけとゲシュタルト崩壊すら起きそうだ。
「だから、相良だけじゃなくて、虎壱もお前の事認めてるっぽいし、少しお前の事見直してやってもいいかなと思って」
「へ、へぇ、」
へぇなんて分かった振りをしても、全く分からない。意味が分からない。
上から物を言われていると言う事しか分からない。
翻訳…誰か、翻訳してくれるこんにゃくを、青い猫型ロボットの名ばかりの駄目人間製造機を連れて来て欲しい。
切にそう願う影尾だが、そんな彼の心境等知らない早水は続ける。
「相良は結構影響されやすい子だから、お前の非道な行いを見てもヒーローみたいに見えたんだろうなぁってちょっとアホな子を穏やかに見守ってたつもりだったんだけど、虎壱までもお前に対しての警戒を解いてるみたいで…」
「……な、るほど、」
いや、なるほどってなどいない。
「とは言っても、マイナスイメージだったのがようやくゼロ値に戻ったくらいだから、勘違いしないで欲しいね」
「わぁ…」
いらんところで教科書通りのツンデレを見せられても萌えもしないが、兎に角、
(―――…一応、好意的に受け取っていいって事か?)
渡されたサマーニット。
触り心地も良ければ、着心地も良さそうだ。
色味も嫌いじゃない。華美ではないが、くすみカラーとは言っても、暗い色でも無い。
しばしそれを抱え、斜め上を見上げていた影尾だが、ふんっと肩から力を抜くと早水へと向き直った。
「じゃ、遠慮なく。これ購入してきます」
「…いいんじゃない」
「折角なんでズボンも選んできますね」
「貧相な身体つきでも大抵何でも似合うと思うよ」
そりゃどうも。
肩を竦める影尾に、もう用は無いのか、すっと踵を返して違うコーナーへと歩んでいく早水を見送り、もう一度出て来た息は深いもの。
けれど、むずむずとした感情に口元がにやけてしまいそうになる影尾はぎゅうっと服を握り締める。
誰かに服を選んでもらえた。
母親が適当に購入してきたものも、選んでくれたと言われればそうだろうが、何処か違う。
(俺に、似合うんだ…)
自分の似合うから、と選んでもらえた服。
妙な特別感が初めてと言う相乗効果も相まって、くすぐったくて照れ臭い。
ぼりぼりと首を掻き、手元のサマーニットを眺める中、ふっとニットに影が掛かる。
何だ?と顔を挙げれば、キャップから覗くピンクにびくっと肩が揺れた。
「何?千隼が選んでくれたの?それ」
「あ、はい、」
「へぇ。木澤に似合いそうじゃん」
影尾の腕の中にあるニットを見遣り、ふっと笑う御上もどうやら色々と店内を物色していたらしい。
小脇に抱えた服は一着や二着ではなさそうだ。
「購入すんの?」
「一応…」
だって折角選んでくれたのだ。
誰の為でも無い、影尾の為に選ばれた服。
その上店員に構われる前に、センスも皆無な影尾にとって有り難い事この上無い。
「お前って意外と素直だよな」
「そう、ですかね」
思わずドキリと心臓が跳ねるのは、本当は内向さが露見されるかもしれないと言う恐怖からだろうか。
どうも御上の鋭さは、何もかもを見透かしているのではと思う時がある。それが影尾にとって良いか悪いかと問われれば答えはあまりに不透明な物ではあるが、今の生き方を考えるとあまりに得策では無いだろう。
昔の様に人から馬鹿にされながら惨めな気持ちを抱えるなんて嫌過ぎる。
「折角の先輩からのオススメですしね」
「そんなもん?」
「そんなもんっすよ」
言い訳がましく聞こえただろうか。
「頼りになる先輩からのオススメって事?」
「…ま、ぁ、」
頼りになる先輩かどうかは定かで無いが、影尾の中で若干立ち位置が変わったのは確かな事だ。
相良は友人、古賀からは一方的にライバルとされ、早水は友人の知り合いの先輩から、普通に先輩としてーーー。
少しずつ、関係性が丸くなっているような、そんなイメージに心も不思議と穏やかになっていくような気分になっている気もする。
あくまでも、そんな気持ちがする程度だがそれでも今まで誰とも関わり合いたくないと思っていた影尾からしてみれば自分でも驚く程の変わりようだろう。
あぁ、本当に頬がゆるゆるになりそうだ。
「じゃあさ」
「はい?」
「それは良い先輩からのアドバイスの服って事で、今度は可愛いハニーの先輩からのオススメの服見てみねぇ?」
必死に緩むのを抑えようとしていた影尾の表情筋が瞬時に固まる。
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