目を覚ます方法

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何て? と、問うより先にほいほいと試着室へと連れて行かれ、 「これとこれ、次がこれとこれとこれな」 どうやら何パターンも用意してくれていらしい服を渡されるも、ぽかんとしてそれを交互に見詰める影尾の動きには鈍い。 「ほら、さっさと着替えろよ」 「い、いや、でも、」 「何だよ、着替えさせて欲しいって言うお強請りって事?」 着替えましょう、さっさと着替えてみせましょう。 カーテンを閉めた個室の中でコーディネートされた服に着替えればタイミング良く御上からカーテンを開けられ、頭から爪先までをチェック。 「ちょ、せめて開けるってひと声掛けて、」 「次」 「……ぇぇ」 そして、着せ替え人形の如く、再度同じ事を繰り返す事数回。 若干相手を伺うようにちろりと御上に視線をやる影尾の顔には疲労が浮かんでいる。短時間で何度も服を着替えるだけ行為がこんなに疲れるなんて知らなかった事がまた増えた。 「じゃ終わり」 「…は?」 「元の服着替えて。脱いだやつ全部こっちにやっていいから」 すぐに自分の服に着替え、試着した服を御上へと渡せば足早にどちらかへと行ってしまった御上に影尾は思う。 リアクションも薄くね? ――――もしかして、 (暇つぶしに使われた、とかじゃねーよな…) もしくはどれも似合わなかったとか言う悲しいオチだったりするとか。 流石に後者であれば、寮の枕をびしょびしょに濡らしてしまいそうだが、今更になって早水から選んで貰ったニットも手元に無い事に気付き、え?え?と周りを見渡した。 「柊梧ぉー、もういい加減どれでもいいってもぉー」 「いやっ、これも似合いそうだよなぁ…、どうする、全部購入するか…?」 「本当お前って脳内の細胞ってひとつしかない感じだよね」 相良と古賀、早水の声が店内の奥にある試着室の方から聞こえ、あちらも着せ替え人形状態なのだろうと容易に想像はつくも、それどころではない。 「え?マジでどこ行った?」 さっきまで着替えていた試着室を覗くもそこには数個のハンガーがあるだけで服は一着も見当たらない。はて?と首を捻り、思い当たる節を考えてみれば思いつくのは御上だ。 持って行かれた服にニットも混ざっていたのかもしれない。 「やべ…」 選んでくれた早水の前で購入すると言って手前、何処に行ってしまったのか分からなくなってしまうなんて失礼もいいい所だ。 踵で潰していた靴をきちんと履き直し、御上を探せば思いの外簡単に見つかった先はレジ。 「ありがとうございました」 弾んだ声と共に渡された紙袋を受け取り、くるっと此方を振り返った御上は影尾を見るなり、眼が三日月を模る。 「ほら、木澤」 「え、え?」 今しがた店員から受け取った紙袋を御上から影尾へ。 まさかの荷物持ちをしろと? 訝しげに中を覗き見るも、そこには見覚えのあるニットと先程試着した服が数点。ご丁寧にタグも切られているらしく、すぐに着用出来る状態で綺麗に畳まれて入れてある。 「さっきの服…と、早水先輩が選んでくれた、服っすよね?」 「あぁ、まとめて購入しといた」 矢張り御上が持っていたのかとほっと安堵する影尾だが、 (ーーーん?) まとめて、購入? (この服を、まとめて?) こうーにゅー… 「…え、え?」 言葉の通りであれば、この服全てを御上が購入したと言う事。 一瞬言われている意味が分からなかった為か、反応が遅れてしまった影尾の目がきゅっと徐々に大きく見開かれ、その眼いっぱいに御上が映るのは相変わらず何を考えているのか分からない笑みだけ。 待って、一度整理したい。 「え、これ、先輩が購入、しちゃった、んすか?」 「そう。さっさと買わないとどうせ古賀が阿保みたいに服持ってくるだろうから。俺、待つの面倒なんだよね」 「え、先輩が買いたい服を俺が着てた訳?」 「は?んな訳ねーじゃん。いらん天然持ってんな、お前」 「……」 つまりは、と、手に持った紙袋を持つ影尾の手に尋常じゃ無い湿り気を感じるのは明らかに手汗が発生しているからだ。 「えっと、」 「何?」 「俺、今日現金は持ってきて無くて…すぐにお返しは出来なさそうって、言うか、」 ひぃっと内心竦み上がる胃がキリキリと痛い。 本当にこの男が何を考えているのか分からないと言う恐怖にも似た感情とどう反応したらいいのか、正解も分からないのがまたそれを煽ってくれるが表情に出ていないだろうかと、それもまた心配になる影尾は色んな意味でいっぱいいっぱいの状況が出来上がってしまった。 が、 「あぁ、飯奢ってくれるとかでいいや」 「へ、」 「一応このカードの出所って俺の貯金だから。問題ねーだろ」 「え、っと、あ、いや、」 問題はそこじゃない気がする。 嫌、絶対にそこではない。 (だって、何か、これって、) ーーーーー裏がある…。 ごきゅっと喉が上下する影尾に、眼を細める御上の整った顔が近付く。 「楽しみだよなぁ、二人で出掛けた時でいいから、飯」 「ふ、たり、」 「勿論そん時には俺が選んだ服着てこいよ」 目の端にキラキラと映るのは、御上のピアス。 赤と青、ライトに反射して一層輝きが増している。 「返事は?」 「了解、っす、」 反射的に答えたイエスは目の前の男にとって十分に満足する答えのようで、ニヤリと持ち上がった口角も見惚れる程に綺麗だと、食いしばった奥歯から影尾本人も聞いた事も無い音が口内に響いた。
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