目を覚ます方法

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予想はしていたが、相良の買い物は小さいながらも、しっかりと段ボールひと箱分。 あからさまに『うわ…』っと言葉に出さないだけで引いて見せる影尾を他所に、『じゃ、学校に送っといて』と事もなげに店員に向かって配送を頼む古賀はもう何度もこのような買い物をしているのが見て取れる。 「すげーな…お前」 思わずそう洩れた本音に顔を赤らめた相良がバツが悪そうに眼を伏せ寄る眉間の皺は濃い。 「いや…俺が凄いんじゃなくて、柊梧が…」 「そりゃそうだけど、ここまで愛されるってのはある意味才能だろ」 「え、…あ、そう、なのか、な?」 そう、皮肉でも無く、素直にそう思える。 家族に愛されている、紛れも無い事実は羨ましいとか、そんなんではなく、凄いな、と感嘆してしまうものだ。 「影尾ももう服買ったんだな…俺も一緒に選びたかったなぁ」 「はは、また今度な」 今度があるかどうかは定かでない曖昧な約束にも満たない社交辞令な返答でも嬉しそうに笑う相良は影尾の持っている紙袋を指差した。 「持ってるの面倒じゃね?俺の荷物と一緒に寮に送る?」 「あー…」 重くも無いし、そんなに場所を取るものでも無いが長時間持っていると、確かに邪魔に感じてしまうかもしれない、と思う影尾だが、そんな思考とは裏腹にゆっくりと首を振った。 「いいや、大丈夫」 「そう…?」 首を傾げつつ、ふぅんっと肩を竦める相良にまた曖昧に笑う影尾の手はしっかりと紙袋の取っ手を握り締める。 (まぁ…別に、うん、何となく、) 何となくではあるが、持って歩くのも悪く無い。 (だって、自分の物だし、うん…) そう思う影尾は、きゅっと唇を引き締めた。 ほんの少しだけ、口角が持ち上がっている事には気付かずに―――。 その後、御上がアクセサリーショップに寄りたいだとか、早水の希望でコーヒー豆の専門店、古賀は相良と一日中デート気分を味わえたのか、始終ご機嫌で夕食までセッティングし、影尾にとって初めての友人との外出はこうして終了となった。 寮に戻ると一気に疲労感は押し寄せ、部屋に戻るなりベッドに突っ伏した影尾の身体はしばらく沈む。 ほぼ引きこもり、部活もしていなければ身体を動かす事なんて体育の授業くらいのものだった怠けた身体に一日中歩くのは堪えたらしいが、それ以上に気疲れも大きい。 『ただいまぁ!先風呂入る?俺が先でもいいの?じゃ、今日は俺大浴場行こうかなぁ…か、影尾も一緒に行かね?』 普段から部活で鍛えている相良は流石とでも言うべきか、帰るなり大浴場へと誘ってくれたが行ける気がしない。 (アイツ、マジで元気だよなぁ…) 「…きっつ」 何が?と聞かれれば、上手い説明は出来ないものの、重く感じる身体と瞼が自然に閉じてしまう気怠さはその言葉でしか表現出来ない。 だが、不快かと問われれば、それは否だと言える。 (いや…うん、まぁ…) 楽しかった、とも言える為。 ただの買い物にしても、友人と出掛けるだけでこんなに楽しいなんて。 途中の買い食いも、面白いモノを共有してくれる事も、一人では出来ない事ばかり、それを今日一日にして知ってしまった経験は罪深い程にしっかり影尾の中にインプットされたらしく、知らず知らずのうちににやけてしまうのをとうとう自覚してしまう始末だ。 そろりと身体を起こし、床に置いていた紙袋を指先で引っ張り、中身を取り出す。 手触りの良い早水から勧められたニットをはじめ、黒のシャツにグレーのカットソー、ロング丈のゆったりとしたカーディガンは袖が広い。さらりとした生地ながらもヨレヨレに見える事の無いパーカーは薄いピンクで体験した事の無い色合いに戸惑うも、濃いカーキーのカーゴパンツ、スリムな黒のジーンズと合うのかもしれない。 薄い白と黒のマーブルカラーのTシャツはいつでも着れそうだが、ボタンが不規則に並ぶラウンドネックのシャツは着こなしが出来るか不安になる。 (何か全部御上先輩って感じの服だよな) どぎまぎとそれらを並べる影尾はきゅっと無意識に胸元で手を握り合うのは勿論神に祈りなんてしているからではなく、頬が赤らむのは羞恥からでも無い。 こんな大量の服をたった一つしか違わない御上から購入してもらっていいのだろうか、と言う罪悪感と胸元でざわざわと落ち着かない違和感の様なモノが混ざり合うから。 相良から誘われて、古賀とゲームで対決し、昼食をご馳走され、早水からも服を選んで貰い、トドメはこれだ。 「飯…か…えー二人っつってたけど…二人で出掛けるって事だよな」 これは次の約束と言えるのか、それともただその場のノリだったのか。ノリだけでこんなに服を購入してくれるものか? 考えてもキリが無いのは理解しているものの、それでも確かな事があるのは間違い無い。 「やべー…やっぱ、ちょっと嬉しー…」 でも、少し悔しさもある。 自分の持っている魔法ではこんな気持ち味わえない。 こればかりは万能の杖を持つ相良が羨ましいと思ってしまう、そのジレンマもあるがそれでも今日は気持ちの高揚感が勝ってしまうのは仕方無いのかもしれない。 人間を杖に例えるのもあまり宜しくは無いのは分かっているけど、と嘯く中、服の入っていた紙袋を畳む影尾がふっと手を止めた。 「…何だこれ」 まだ何か袋の底に入っていたのか、ころりと転がって来た小さな箱。 こんな物を購入した覚えはない。誰かの荷物が入り込んだのかと思いながらも、気になってしまう影尾はその蓋を開けた。 「…あ?」 キラキラと光る小さな透明度も高い紫色した石。 これは、 「ピアス…?」
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