目を覚ます方法

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当たり前に購入した記憶も無ければ、こんな物を手に取った覚えすらない。 途中アクセサリーショップに寄ったのは御上くらいで、その間相良ともさもさとフランクフルトを食べていた影尾からしてみれば、首を捻るしかない代物だ。 (…ん?待てよ?って事は、) これはもしかしたら御上のモノでは? 購入した際に間違えて自分の荷物に入ってしまったのかもしれない。 そう憶測を立て、もう一度ピアスを見遣る。 キラキラと照明の光に反射され、小さいながらも存在感のある石。 自分の物では無いモノが此処にあるのは困るのは確か。 それにもしこれが御上のモノならば失くしてしまったと困って居たりするかもしれない。それともまた買えばいいとあっさりしたものか。 「………」 どうしたらいいものか。 連絡すればいいのだろうが、生憎連絡先なんて知る由も無く、相良に聞けば良いのかもしれないが何となくそれも憚れる。 (だったら…直接か?) 実を言えば部屋は既に知って居たりする。情報収集の賜物とでも言うべきか、我ながら気持ちが悪いとすら思う。 (あー…) のそりと立ち上がり、取り合えず先にシャワーを浴びるかとタオル片手に部屋を出た影尾は、 「まぁ…明日でもいいか、」 なんて呟くのだった。 * 明日でも良いと思った。 確かに三十分前の自分はそう思っていたが、変に律儀に育ってしまった自分は褒められるべきか、笑われるべきか。 自分達の部屋と同じ扉だと言うのに、重厚感ある風に感じるのは若干気持ちが重い所為かもしれない。 だがいつまでも此処に居ても仕方ない。 誰かに見られて変な噂を立てられても嫌だ。 (ええいっ…!!) 心の中で自分を奮い立たせ、呼び鈴を押してしまえばもう逃げられない。 心臓が胸に浮かび上がる程に忙しない動きをしているのを自覚し、落ち着く為深く深呼吸する影尾に扉の向こうから聞こえた声。 「…誰?」 目的の人物のモノだ。 「あ、の、こんばん、」 ―――ガチャ 言い切る前に開けられた扉の先にある顔は、風呂上がりなのか、しっとりと濡れた髪色がいつもよりも鮮やかで無意識に息を呑んだ影尾の背筋が意味も無くピンっと伸びる。 「何?」 「あー…、急にすみません…」 若干低いと思われた声は、いきなりの訪問に気を悪くしているのかと思ったがそう言う訳でも無いらしい。 「上がる?」 部屋へと促す様な顎の動きに、一瞬身構えるも、扉を開けっぱなしの状態では失礼かと頭を下げると玄関先へ身体を差し入れ扉を閉めると、早速とばかりにポケットに入れていたピアスに手を伸ばした影尾だが、当の御上と言えばさっさと室内へと戻って行く。 「何か飲む?」 「ーーーえ、あ、」 アポ無し訪問、しかも知り合って間もない人間に茶を出してくれると言う御上に『お構いなく』と言いたい所だが、好奇心に似た感情が勝ったのか、サンダルを脱ぐとそろりと足を踏み入れた。 ほぼほぼ自分の部屋と同じ造りではあるが、インテリアや家具ひとつ違うだけで違う部屋の様に見える。そう考えてみれば、誰かの部屋に入るなんて中等部の頃から一度も無い事に気付いた影尾に切なさのダメージがクリティカルヒットしてくるがヨロついている場合では無い。 「練り切りならあるけど、食う?」 「練り切り?」 「んー。何か老舗の和菓子屋の新作らしいけど」 「へ、へぇ」 何だか渋い。 あまり若い人間が好んで食べる様な菓子では無い気もするが、頂けると言うのであれば是非御相伴に預かりたいと思ってしまう影尾は素直に促される侭ソファへと腰を下ろすとそわそわと肩を揺らす。 「ほら」 「お、おぉ」 皿の上に水色と白のグラデーションが美しい練り菓子がひとつ。 新作と言う事は夏を具現して作られたものなのだろ、これからの暑さを緩和させてくれる涼しげな色合いと雫の様な形が可愛らしい。 一緒に出された日本茶共々、和を感じさせるそれらにほっこりとさせられると同時に、御上と交互に見てしまう影尾の素直さが垣間見える。 マッシュウルフヘアはピンク頭。耳にはピアスが八個。 (何だかなー…意外っつーか) 何とも繋がり辛いイメージに疑問が浮かぶも、菓子は菓子。罪は一切無い。 「いただきます、」 「おー」 きちんと添えられた菓子切りで練り菓子を半分程切れば、中に入っている白餡とその白餡に包まれている赤色が見え、まるで水の中の金魚を連想させる。 そのまま口内へと運び入れると、甘味が口いっぱいに広がるが甘過ぎないそれに影尾の頬がふわりと赤らんだ。 「う、ま、」 「あ、そう。そう言えばお前和菓子の方が好きつってたな」 「そうっすね、餡子とかも好きだし、きんつばとか」 へらっと緩む口元もそのままに、御上へと顔を向ける影尾だが、此処に来た目的を思い出し、はっと身体を持ち上げると慌ててポケットから箱を取り出した。 「いや、これ、そう、これを持って来たっすよ、俺っ」 「あ?」 ずずっと湯呑みで茶を飲んでいた御上が首を傾げるが、すぐにテーブルに置かれた箱を見遣り、ふふっと眼を細める。 「あぁ、お前持って来てくれた訳?」 「だって、もしかしたら先輩が買ってて間違えて俺の荷物に混ざってたら困ってるだろうなと思って。探してるかもしれんしなぁって」 「……あぁ」 ほんの少しの間を置いて、前髪を掻き上げる御上が嬉しそうに見えるのは見間違いでは無いようだ。 「やっぱお前面白いね」 「…面白い?」 「顔が、とかじゃねーから安心しろよ」 「いや、全然思ってないんすけど」
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