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(でも、だからって普通他人の耳に穴なんてブチ開けるか?)
しかも了承無しに、いきなり。
ジンジンと痛む耳に直接触る勇気も無く、ホール周りを撫でるだけの影尾が恨めし気に睨み付けるも、御上からはあしらう様に笑顔で一蹴される。
「開けてーんじゃなかったの?」
「開けたいなんて言った記憶無いんすけど…」
「俺の耳ずっと見てただろうが」
「…え、俺そんなに見てました…?」
「見てた、見てた。人の視線なんて慣れてる俺でもちょっと気恥ずかしくなるくらい」
馬鹿にするように笑う訳でも無く、だからと言って不愉快そうに顔を歪める訳でも無く、あっけらかんとそう事実を告げる御上は逆に気付いてなかったのかと少しだけ眼を瞠った。
「え、えぇ…」
確かに綺麗な色の石だとか、シルバーのごついピアスが細身の御上にやたらと似合ってるな、とは思っていたがそれが視線になって彼へと向かっていたとは。
無自覚にも程がある。
大体あの綺麗な石が自分の耳に合うものなのだろうか。
まだジンジンと痺れるような痛みを伴う耳を、穴の場所を避ける様にして指先で周りを撫で付ける。
現実味が無いと思っていたがこうして触れてみれば、そこにある異物に思わず身震いするが、
「ほら」
テーブルにはいつの間にか御上が用意してくれたらしい鏡。
そろりとそこを覗き込み、見慣れた平々凡々な顔に肩を竦めつつ、角度を変えてみると、数分前までは何も無かった影尾の耳に紫の石が埋め込まれていた。
「……お、おぉ」
洩れた声は身体に異物がある、なんて恐怖から等でなく、何だか今迄の自分では無い自分がそこに居る様に感じたからと言う、なんともベタではあるが初めてのピアスに感動しつつ、何度か鏡の中に映る自分の角度を変える。
「どう?」
「な、何か、変な感じって、言うか、」
でも、嫌いじゃないかもしれない。
(意外と、似合ってる、みたいな…)
自画自賛だと笑われるだろうが、それでもそう思ってしまう辺り、珍しく心が高揚しているのだろう。
「このピアス、好き、かも」
さっきまで疲労で重くなっていた瞼も今ではパッチリと開き、すっかり眼も頭も醒めているようだ。
「で、どうする?もう片方も開けとく?」
御上の手にぶらりと揺れるピアッサー。
「え、っと、あ、いや…んー…」
開けたい気持ちはあるが、両耳にピアスを開けるのが何となく気が引ける。
片方だけで様子を見たい気持ちが大きいのもある。何せピアス初心者。
何があるか分からないとビビっているのが事実だ。
落ち着かない風に爪先で床をペシペシと叩き、視線を彷徨わせる影尾はぐぐぐっとぎこちない動きで御上を見上げた。
「こ、今度、って事で…」
「ふぅん」
「いや、ちょっとピアスに慣れたいってのもあって…まずは片方からって事で…」
別に理由を問われた訳でもないのに、つらつらと言い訳を並べるのが何とも情けなさを自覚させるも、開ける事なんていつでも出来るのだ。
そう、開けようと思えば、これから先いつでも。
「………」
ーーーーいつでも?
次開けようと思ったらまた御上が開けてくてたりするのだろうか。
『もう片方もお願いします』
と、頼み込む事になるのか。
開けたいなと思った時にそれを自分は言いに来れるのか。
(えー…えぇ?もしかして迷惑になったりするんじゃね?)
今回はやってくれたとしても、次があるのか。
これが彼の気まぐれだと考えるのが正しければ、今開けて貰う事に甘んじた方いいのでは。
そんな事を考えれば、いつものネガティブがよっこいしょと腰を上げてウォーミングアップを始めてしまうのだからどうしようもない。
モヤモヤとした気持ちを抱えた侭、口元に指を当てる影尾に溜め息が聞こえた。
「あのさぁ」
「あ、は、はいっ」
ぼりぼりと頭を掻きながら隣に勢い良く腰を下ろし、背もたれに身体を預ける御上が視線だけを影尾に向ける。
「お前って何を考え過ぎてんのか知らねーけど、言いたい事あるなら言えば?やりたい事あるならしてみれば?」
「………」
身長は御上の方が遥か高いと言うのに、座高が変わらないなんて発見をしていても自分にダメージが向かうだけで何の役にも立たない。
「何を遠慮してんの?誰に遠慮しなきゃいけねー事があんの?呪いかなんか掛けられてんの?」
「そ、そう言う訳では…」
でも普通遠慮なんて誰でもする筈だ。特に同室者の幼馴染、最近その繋がりで話すようになった程度の男にお願い事を当たり前のような顔でするなんてそんなタウンページで作られた様な顔の厚さは持ち合わせていない。
また、はぁっと隣から洩れた息にびくっと肩が揺れてしまう。
「俺が今日勝手にお前の耳に穴開けたんだからさぁ、お前だって勝手に来ればいいじゃん。開けて欲しいってさ」
「…勝手、に?」
「お前って全部飲み込んで表だけ取り繕ってるみてーだわ。まぁ、俺らの事は仕方ねーけど、相良くらいは信用してやれよ」
ぐさっと槍が脳天を貫いて行った感覚に酷く気持ち悪さを覚える。
まるで全てを見透かされているかの様な御上の口調と視線。
何故そこで相良の名前が出てくるのか、だとっか、何を知ってそこまで言うのか、色々と言いたい事は溢れてくるも、
「俺と次の約束出来たら、少しは進むんじゃね?」
何が?
ーーーーと、聞くのは野暮だ。
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