群青は嘘

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群青は嘘

消毒を続けて一週間。 とっくに痛みも無ければ、違和感も薄れ、時折ピアスを抜いては穴を確認し、また戻すと言う作業もすっかり板についたと、言うべきか。 初めてのピアスに動揺したのは、本人だけでなく、休み明けの教室では目敏く影尾の耳に気付いたクラスメイトがぎょっと眼を見開き、席までの道を開けてくれたのには、ほんの少しだがショックだな、と思ったのは誰にも言わないでおこう。 人を脅して楽しむ狂人が洒落っ気付いてピアス開けて来た、とでも思われているのかと思うと切なさばかりで愛しさも心強さも無いものの、 (まぁ…いいさ) 何とでも言えばいい。 鼻息荒い影尾はすんっと席に着くとピアスへと指を伸ばした。 何故なら、寝食共にする事数日。既に気に入っているから、という至極簡単な理由。 別にヤリラフィーなギャル男や陽キャに憧れている訳でも、ちょっと悪い俺、になりたい訳でも無い。 けれどもすっかり我が物顔で耳たぶに鎮座する紫の石に愛着が湧くのは仕方ない事で、消毒しながら育てたホールも妙な達成感を感じさせてくれる。 (もう片方も開けて貰おうか…) 本格的に夏が来る前にやって貰った方がいいだろう。 いつ御上に頼もうかとソワソワ身体を揺らす影尾は誰にも気づかれぬように口角を持ち上げた。 * 「何か、雰囲気変わったよな、アイツ」 「誰?」 「木澤だよ、きーざぁーわぁー」 学生にとって嬉しいサプライズ。 専科の教師が急な出張が入ったとの事で、自習と言うフリータイムを貰ったクラス内は案の定、誰一人教科書やノート等開く者も居らず、わいわいと授業中とは思えない賑やかさに包まれている。 勿論それは御上も一緒で、同じクラスである古賀はこれ幸いにと相良【四月~五月】と箔押しされた表紙のアルバムの整理に勤しんでいた。 そんな中、ふっと一枚の写真に眉を潜めてからの冒頭のひと言。 「相良もさぁ、すっげーにっこにこして、サッカーやってる時と同じくらいの笑顔を木澤に向けてるしさぁ。俺なんて最近軽くあしらわれてる感がすげぇのに」 古賀の持っている写真は相良が影尾に向かって走っている後ろ姿。言わずもがな隠し撮りなそれを何とも言えない眼で見詰める御上はふぅんっと首を傾げた。 触らぬ神に祟りなし。 暖簾に腕押し。 自覚が無い奴にどんだけ言ったって、実のあるレスポンスなんて無理だ。 どんどん悪化している古賀のストーカーじみた行為に、友人ならばやんわりと忠告するのが本当なのだろうが、正直面倒だと言う事も本音も強い。 「で、ほら。どうだよ、この木澤」 「あ?」 ぴらっと長い指が器用にひっくり返して見せた写真は、背中に乗っかって来た相良にも動じずゲームのコントローラーを握る影尾の姿だ。 一見何ら出会った頃と変わらない風に見えるその表情だが、よく見れば目元が柔らかい。血色が良く見える。 そんな小さな違いが全体的に丸くなった風に感じるのだろうが、そんな違いに気付けるのは限られた人間だけだと言う事に気付いていない古賀は、ふんっと鼻息荒くその写真を御上から取り上げると、渋々と言った風にアルバムへと収めた。 「本当なら相良とのツーショットなんて嫌だけど…この相良の顔がすっげー可愛いんだよなぁ。頬が林檎みたいで天才的に俺の心を揺さぶってくれるわぁ」 「………」 顔が良いとは本当に不幸中の幸いだ。 はぁはぁと浅い呼吸を繰り返しながら、何処を見てるか分からない眼で訳の分からない事を呟く古賀に思う事。 この過激派の鏡とも言える調子で迂闊に外に出れば職質なんて当たり前に受けるかもしれないが、顔とスタイルの良さでそんな事が一度も無かったのは言うまでも無い。 ただ何でこんなんと友人を続けられているのか、とぼんやり考えれば、それがまた面白い男だからと言う前提は大きい。 早水に対しても同じ事で、意外と大型犬みたいに懐いて着いて来るところが中々癖になる。 そんな事を思いながら、せっせとアルバムに収められていく写真に段々と増えていく影尾の姿に御上はゆったりと口角を上げた。 「お前には丸くなったって見えるんだな」 「何だよ、お前にはって」 意味深な物言いに引っ掛かりを感じたのか、視線を上げた古賀も、数カ月前のの彼ならば相良と共に一緒に写っている人間等最初っから居なかったように加工する、もしくは相良を傷つけぬ様に職人並みのカッター使いで綺麗にそこだけを切り取りっていた筈だ。 人の事は言えない。 笑う相良と影尾をそのままにアルバムに張り付けている彼は、胡散臭げに御上を見遣るがそれをふふっと軽い笑みで流す。 「俺はさぁ、可愛いなぁって思うんだよな」 「………ん?」 「木澤だよ。あいつめちゃ可愛いなって」 「……え?」 「意外と感情が豊かで面白いなとは思ってたけど、初心いし、変な所で頑固だし」 「……俺、いい病院知ってんぞ。眼科で異常が無かったら脳外科を紹介すっからさ」 「何それ、失礼じゃね。俺にも木澤にも」 「可愛いって言うのは相良みたいなのを言うんだよ。それ以外の人類なんて可愛いの部類には居ないんだ」 彼はどの世界線で生きているのだろう。 一度転生でもしてきたのかもしれない。 『転生先の世界の甥っ子が可愛いだけしかない俺は後方彼氏面』みたいな。 (売れ無さそう) ラノベの内容もしかり、この作品名のセンスどうこうの問題にもならない。
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