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「そ、それでさ、その中等部の頃も、サッカー部に、居たんだけど、」
「…………へぇ、」
ん?
三つ目のチョコを食べていた影尾の手が止まる。
「入学したばっかの時、俺サッカー部に丁度体験入学してて、それであの時、俺部室に隠れてたんだけど見てたんだよな」
「見てた…」
四堂は口内の渇きを癒すように紙コップに注いだドリンクを数回口に運ぶ。
「先輩がさ、後輩いびってるの、見てた。んで、そこに通ったお前が先輩達を撃退したのも、見てた」
(え、えぇ…)
何とも複雑なこの心境は一体どこから来たのだろうか。
昔の黒歴史を弄られているような羞恥心なのか、もしくは撃退とは言えないような行為を第三者に見られていたという罪悪感のようなものなのか。
何ともリアクションもし難い上に、喉を通るチョコの味がしなくなっていくのを感じる。
「で、あの時の木澤って、助けてくれたんだよなぁ、って俺思ってたのに、その後礼とかも言えなくて、さ」
ごくんっと異物を飲み込むような感覚。
「あんたが当事者じゃなかったんだろ…」
「それでも、俺先輩が特定の奴等いびってるの知ってたのに、何もできなくて…だからあの時木澤が来てくれてから、部内でのいびりもなくなってマジで助かったなぁ、って」
「あぁ…そう、」
「いつか、礼をちゃんと言おうと思ってて、中二の時に同じクラスになった時話し掛けようとしてたんだけど、タイミングが掴めなくってさ」
(なるほど…)
つまりこれはあの時のお礼がてらと言う事らしい。
テーブルに積まれた菓子を見て、漏れ出そうになる溜め息だがあの時の真意を分かって貰えていたのは正直嬉しい。
助けてあげたいなんてヒーローの様な心持だった訳では無いがそれでもやった事に関して感謝されるなんてウズっと擽ったい気持ちにさせられる。
段々と味覚も戻って来たのか、じわりと広がるチョコの甘味と苦みが美味だ。
(その感謝とやらは素直に、受け取っていいんだよな?)
物理的にも精神的にも人との距離感が分からない故の穿った物の考え方に寄りそうになるものの、
「そりゃどうも…」
と、強張る筋肉と皮膚を叱咤し、一応の笑顔を張り付けて見せた。影尾からしてみればかなりの努力が見て取れる。
そんな影尾に四堂もほっとしたような表情を見せると、新たなチョコレートの箱を開封。
「チョコ好き?これも旨いからさっ」
よくよく見てみればこのご丁寧に箱に入っているチョコレート、中々のお値段なのでは。
大体色々な人種金持ちが居る学園。高級だろうが庶民的だろうが大抵のモノは手に入るだろう。
けれど、ざわついてしまう第六感。
―――――もしかして、
「俺ちゃんと木澤と話したいって思ってたんだよね、今日は声掛けてみて良かった」
「―――そう、なんだ」
「このおやつもさ、色々と俺の友達がくれるから一緒に消費出来て良かったよ」
「う、わぁ………」
思わず声に出てしまった。
矢張り『彼等』からの貢ぎ物だったのだ、と。
「それでさ、き、」
「話、それだけ?じゃあ、俺戻るから」
まだ何か言いたげな四堂を残し、すっとソファから立ち上がった影尾が向かうは自室の部屋。
そうだ、溢れ出る人の良さ、へらりとした愛想と素直さにほいほいとしてしまったが元々はあまり近寄ってはならない人種の四堂。
決してこの男が悪いのではないのは分かっている。
けれど、理解した所でそんなものひっくるめて関わり合いになりたくない。
(お前の為でもあるんだからな…っ)
「え、木澤、ちょ、待てって、まだ話したい事あって、」
「無イ、俺、無イ」
「え、なんで、ちょっと片言なの、」
「いや、まじ、無理…っ」
「無理?何が、え?俺が?」
あ、やばい。
傷付いた顔をさせてしまった、何か言い訳をせねば、と思うも此処でもコミュ障が仕事をしてしまい、咄嗟に何も言えなくなってしまった影尾の顔が引き攣だけに留まってしまう。
「俺、木澤と普通に話してみたかっただけなんだけど…」
「……はぁ?」
意識したでは無いにしろ、露骨に嫌な顔をしてしまったのかもしれない。
また、眉毛を垂れ下げる四堂に一体どうしたらいいのかと脳内を巡らせる。頑張れ、前頭葉。
けれど、色々と思考を遮る様に、不意にポーンっと軽い音が室内に響く。
インターホンの音。
誰かが訪ねてきた合図のその音に、びくっと大袈裟に反応してしまった影尾だが、『誰か来た』と玄関口へと小走りに向かう四堂はそれに気付く事は無く、鍵を開錠するとその扉を迷い無く開いた。
誰が訪ねてきたとかどうでもいい。
きっと客人は自分宛では無いからだ。この隙にと素早く自室へと逃げ込むと勢いよく扉を閉める。
思いの外バタンっと音が鳴ったが知った事では無い。ついでに鍵も掛け、ほうっと息を吐いた影尾はずるりとその場にしゃがみ込んだ。
何とも情けない姿は誰にも見せられない。
これでも影尾だって近寄ってはならない人間に分類されている。
アイツに近付いたら弱みを握られ脅される、余計な事を暴かれる、そんな噂が一人歩きした結果だ。
でもだからこそ保たれている影尾の精神の均等。
馬鹿にされるだけならまだしも、と拳を強く握る中、
ーーードンっ
と、凭れていた扉に響く振動と、その音。
ーーーは、は?
「きざわーくぅーん、いねーの?そんな訳ねぇーよなぁー」
セカンドバックを片手に持つ人種の方?
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