魔法使いの定義

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違う、分かっている。 この扉の向こうに誰が居るかなんて。 「きぃざーわぁ?」 (あぁ、もう…っ) ちっと吐き捨てんばかりの舌打ちを鳴らし、立ち上がった影尾は一度大きく深呼吸すると、ゆっくりと自室の扉を開けた。 「…何っすか」 ほんの少しの隙間。此処からは入ってくるなと言わんばかりの対応だと思われるかもしれないが、これが精一杯。 なるべく通常通り、ポーカーフェイスを貼り付ける影尾はその隙間から見上げた。 「こんにちはぁ、木澤くん」 明るい声に愛想の良い雰囲気。 にっこりと敵意も感じられないような笑みは自分の視線よりも上にある。 相変わらずデカい、そして圧倒的な整った顔立ちに竦みそうになるも怯んでいる場合では無い。 「相良がお世話になってます」 「…どう、も」 ただのご挨拶ならばこれで終わりだろう。 軽く頭を下げ、それじゃとドアノブを引っ張り閉めようとするも、 ーーーーダンっ、 と、扉の間に置かれた足にそれもままならない。 矢張り前世は取り立てでもされていたのだろうか、あまりに素早く手慣れた技に影尾の顔からポーカーフェイスが引き剥がされそうになってしまうが、それを何とか堪える。 「ね、良かったらこっちで一緒に話さねぇ?」 「…いや、結構っすね」 一応相手は年上、上級生。 それなりの対応を心掛けているつもりだ。 ふっと目だけを細め、笑顔を返したつもりだが扉の隙間に置いてある足が動く気配が無い事に胃がギリっと痛み出す。 「そう言わないでさぁ、ほら相良もまだ話し足りないみたいで。俺等もご同席させて貰うし」 「………」 「何?相良と話すのが嫌な訳?それとも俺等が居るのが嫌なの?」 どちらもです。 舌を出して言えたらどれだけいいだろう。 けれど、影尾が今出来る事は自分の立場を守る事。 何を置いてもそれが最優先だ。友人が出来る訳でも守ってくれる誰かが居る訳でも無いこの世界で魔法を奪われるのは嫌だ。 「……じゃ、三十分だけ。俺も暇じゃないんで」 出来るだけ嫌味を匂わせる程度、笑顔でそう返せば目の前の男がふっと目を細めた。 * 左から、美形、美形、普通、美形、そして対する影尾、普通。 (圧迫面接ってこう言うのなんだろうなぁ…) 菓子が並ぶテーブルを囲うように、ソファに座っている筈なのだが一気に集まっている視線からはただの圧しか感じない。 「え、えっと、木澤、紹介するな、えっと俺の隣に座ってるのが古賀柊伍(こがしゅうご)で二年生、んで、その隣が御上虎壱(みかみとらいち)先輩で、こっちの先輩が早水千隼(はやみずちはや)さんっ」 「…うん」 「柊伍は一歳しか違わないけど俺の叔父でさ、俺の母親の弟なんだよ」 「…へぇ」 「で、御上先輩も千隼先輩も柊伍の友達で仲良くさせてもらってるってやつで」 「あー…」 知ってる、全部知ってるわ。 四堂の隣で一番強く品定めをしているかの如くガンを飛ばしてきているのが古賀柊伍。 影尾の部屋の扉で取り立てやとしての潜在能力をみせてくれた男だ。 黒々としたキューティクルの実家の様な艶やかな髪とすっきりとした塩系男子、和服がさぞかし似合うであろう顔立ちだが中身は先程の通りとでも言うべきか。 そして、御上虎壱なんてこれこそこってこての日本人かぶれが酷くなったようなアメリカ人が字面が良いからとタトゥとして彫りそうな名前をしているくせに、頭はパンクなピンク色。 二重幅が作り物かなと思わせるくらいに広く睫毛も長い為に常に眠そう顔をしているが美形には変わりない。 早水千隼も流石この二人の隣を歩くに相応しい顔立ちの持ち主だ。栗色の少し癖のある髪に童顔で幼い印象を受けるものの、すらりとした肢体と意外と広い肩幅が男らしさを感じるとギャップでも魅了してくる。くるりと大きく動く大きな目も吸い込まれるくらいに色素が薄く綺麗だと感じさせるのも人気のひとつだろう。 それぞれが影尾よりも一つ上の二年生であり、この男子校において目の保養、眼福として崇められる対象でもあり、そして、 (絶対に関わり合いたくなかったなぁ…) 遠い眼をしながらただひたすらテーブルの上にある菓子を見詰める影尾の体内は飲み込まれた溜め息がぐるぐると滞納されていく。 「宜しくな、木澤」 にこっと微笑む古賀に『こちらこそ』なんて思ってもいない事を言わなければならないのも苦行が過ぎる。 「柊梧は木澤の事知ってたんだ」 「当たり前だろ?可愛い甥っ子の同室者なんだからすぐに調べたわ」 へぇっと感心する四堂に笑い掛ける古賀だが、その笑顔は影尾に見せる物とは比べ物にならないくらいに違うもの。 四堂への笑みは甘ったるく、砂糖菓子を思わせるように酷く慈しみを感じるものならば、影尾の物は信用のならない相手に一時的に社交性から見せるもの、嫌悪感まで感じてしまうのは決して気の所為では無いだろう。 (マジで面倒くさい…) 四堂に近づきたく無い理由、それはこの保護者の様な三人。 この三人と関わり合いたく無い理由、それは彼等がこの学園内でも若干異質であるからだ。 用意された紙コップの茶を飲み、目頭を抑える。 集団生活なんてほぼ無碍にしている癖に、教師からも一目置かれる様な優秀さと、家柄、それ故の学園人気が高く、所謂ヒエラルキーの頂点に居る彼等。 こう言うやたらと目立つ人間なんて、平穏に暮らしたいと思う影尾には不要。尚且つ、こんな人間に弱みなんて皆無、あったとしても影尾なんて気にする程も無くあっという間に揉み消す事だってできるだろう。
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