魔法使いの定義

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友達も信頼出来る人間も出来きる事無く、ぼっち生活ならば平穏に過ごしたいと思うのは当たり前。 こんな色んな意味でチートな奴等に眼でも付けられたくないというのも当たり前。 だったら今日だけは笑顔でやり過ごそう。 特別今文句を付けられている訳では無いのだ。 叔父と甥の関係である古賀と四堂。 年が近いと言う理由もあるのか、古賀が四堂を猫可愛がりしていると言うのは周知の事実でもある。それこそ、人目を憚らず名を呼び、一緒に食事を摂る、公の場でハグをするなんて日常茶飯事な事。 それ故か、大方四堂が影尾に礼が言いたいと言い出し、この過干渉なまでに過保護を生業とする古賀を含めた三人がこうしてしゃしゃり出て来たのだろうなんて事は、考えなくとも容易に想像はつく。 (あー…俺の日曜日…) 別にやりたい事なんてなかったけれど、この空間に居るよりはネットでドラマでも見ていた方がまだマシだ。 「でさ、木澤って普段何してんの?同室になっても殆ど見ないから、俺気になってたんだよな」 「―――いや、別に何も」 「そう、なんだ。あのさ、折角同室者になったんだし、たまには話とかしねぇ?俺も夜とか暇だなって時もあるし、」 「あー…俺基本的に二十時くらいには寝てんだよね…」 「めっちゃ優良健康児じゃん」 「そうそう…」 さて、この辺で話を切り上げてもいいだろうか。ある程度のレスポンスも軽いフットワークで出来た。 上出来だ。 これ以上此処に居たって絶対に話なんか広がらない。 それに加えて周りの三つ目の眼が鋭い。特に古賀の眼なんて穏やかそうな雰囲気を保ちながらも剣呑な色が時折見え隠れしている。 紙コップの茶を飲み干し、さっさと部屋に戻ろうかと立ち上がるタイミングを見計らう影尾だが、 「なぁ、相良。ちょっと悪いんだけど虎壱と飲み物買って来てくれね?ほら、財布」 「え、俺が?」 「俺もトマトジュース飲みたいし、何より木澤の茶がねぇんだよ。お前がおもてなし側だろ?ほら、早く」 「そ、そっか」 自分の財布を渡す古賀に笑顔でそれを受け取る四堂と立ち上がるピンク色。 いや、待って、 「あ、あの、俺もう、」 だが運動部の脚は早い。 「待っててな、木澤っ。あ、プリンとか好き?ついでに買ってくるな、行こ、御上先輩」 それだけを言い残すと鼻息荒く御上と共に部屋を出る。 こっちが待ってだわ、そんないらん気遣いはこちらに回して欲しいっ!! 流石にぎょっと眼を見開き、立ち上がろうとするも、 「さて、木澤。ちょっと俺等の話に付き合って貰っていい」 空気が固まるのを感じる。 四堂が居なくなっただけでこんなにも重く感じる空間があるなんて。少し浮いていた腰が再びソファに沈み、影尾はとうとう溜め息を吐いた。 「…………何で、しょうか」 「相良から礼言われたか?」 露骨な影尾の溜め息に眉を潜めた古賀だが、取り合えず話を進めるのが先だと思ったらしくそう問うとソファに背もたれる。 「あぁ…礼言われました」 仕方無いと手前にあるチョコをひとつまみ。今度はビター系なのか、若干感じる苦味が強いがそれがまた旨い。 「そう、じゃあこっからは俺からなんだけどさ」 「何っすか」 「お前、相良の事どう思ってんの?」 どう、とは? 質問に質問で返したらどうなるだろうか。 あまりにざっくりし過ぎた質問に影尾の眉が中央へと寄る。 「相良ってほら、人懐っこいし全然悪気もない人間んだからさ、俺等も心配してんのよ」 古賀の代わりに今度は早水が眼を細めながらの説明にあまり納得は出来ないものの、影尾は小さく『あぁ…』と呟いた。 ーーー学校の生徒から避けられてる俺は近付くな、って言ってんだな。 ぼりぼりと頭を掻き、また自然と漏れる溜め息に同時に抜けていく身体の力。 「大丈夫っすよ…別に俺四堂に興味がある訳じゃないんで」 いっそキッパリ、ハッキリと。 ついでに四堂含め、そちら側にも興味は無いのだと遠回しに伝えてみる。 と、言うよりも近付くなと言って頂いて有り難いくらいだ。これで今回の様な事があって、お断りしてもこの男達から責められる事も眼を付けられる事も無い筈だ。 こりゃ話は早く終わりそうだなと安堵に肩を竦める影尾だが、 「は?お前ふざけるなよ、相良に興味がないって何様だよ、めちゃ可愛いだろうがっ」 何、どっちなのこの人。 凄みを乗せてそう顔を歪める古賀が身体を起こし前のめりにそう一気に捲し立てる。 「あんな毒素がない人間なんてそうそう居ねえだろうっ。いっつもニコニコして癒されるなんてもんじゃねぇぞっ」 「何もしかして木澤ってあまり人を見る眼無いとか?」 早水も早水でようやっと口を開いたかと思えば本気で影尾の嗜好を心配しているのか、心底不憫そうな表情を向けてくれる。 では、一体どう答えたら正解だったのだろう。 お近付きになりたいです、なんて答えていたら『何が目的だっ、俺等かっ?しかも相良まで周りから避けられる対象になるだろうがっ』くらいの反論もあっただろうに。 口元が一瞬だけひくっと引き攣った影尾の心労具合が伺えると言うもの。 いい加減苛立ちも混ざり出す複雑な心境。 甘いチョコレートも全然甘いなんて感じない。目に見えないだけでこの三十分の間にストレスは確実に溜まっている。 (本当、もう…) ぎりっと唇を噛み締め、すっと顔を上げた影尾は真っ直ぐに前を見据えると、ゆったりと唇を開いた。 「あの、まじで大丈夫なんで。四堂に興味はない、ついでにあんた達にも惹かれるもんとか無いんで」 淡々とした声音は影尾の魔法のひとつだ。
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