魔法使いの定義

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おどおどしていればからかわれる。ムキになれば、調子漬けさせる。 今迄の経験上、気にも留めていない、お前達なんて意識すらしていないと言う風に見せる自己防衛。 「そんなに心配なら俺に近付くなって、先輩達が助言してやってください。俺からどうこうしようなんて思ってないので」 必死に集めた虚勢だが無いよりもマシ。 ついでにふんっと荒い鼻息まで出て来たが若干言い過ぎた感は否めないが、此処まではっきりと害を及ぼすつもりはありませんと宣言していれば、これから先絡まれる事も無いだろう。 よっこいしょういち、と心の中で勢いづけ今度こそソファから立ち上がった影尾は自室へと身体を向けるも、一応と、 「ご馳走様でした…」 軽く頭を下げ、ぽかんとしたように此方を見詰めた侭の古賀と早水を一瞥するとそのまま自室へと入った。 また扉を叩かれたりしないだろうかとドキドキと不穏な音を立てる心臓に手をあて、しばらく扉の前で待機するも何らアクションの無いそこに、ようやっと長い溜め息を吐きながら、ベッドへとダイブする。 「つ、っかれたぁ…」 まさかあの三人と対峙する事になるとは。 四堂が居る限りいつかは会う事になるだろうとは思っていたが、まさかあちらからコンタクトを取ってくるなんて流石に想像はしていなかった。 「いた、たたた…」 無意識のうちに身体を強張らせていたらしく、肩や背中が痛む。久々に他人と長時間話した為か、疲労感も凄まじい。 うーんっと身体を伸ばし、どっと押し寄せる倦怠感に促されるままベッドに沈む。 このまま一度寝てしまおうかと眼を瞑ったものの、 「木澤ぁ?どうした、大丈夫?」 「……………」 どうやら買い出しから帰還したらしい四堂の声がそれを遮ってくれた。 気分が悪いとでも返事をすべきか。 (悪い奴…どころか、どちらかと言うと良い奴ぽいからなぁ…) 率先して傷付けたい訳では無いと怠い身体を持ち上げ、ぼりぼりと頭を掻く影尾が扉へと身体を向けたが、何やらぼそぼそと会話が聞こえてくる。 何を話しているかまでは分からないが、それ以上扉の向こうから声が掛かる事は無く、数分もすれば誰かの気配も全く感じなくなった。 (…出て、った?) よくは分からないが、あの三人が自達の部屋にでも四堂を連れて出て行ったのかもしれない。 影尾も関わり合いたくないのだと言う意図を組んでくれたのか、それとももう既にあちらも興味が無いのか。どちらでもいいが、これでまた穏やかな休日が送れる、いや、休日だけではなく学校生活も、だ。 友好的に近づいてくれた四堂も古賀から自分の言った台詞を聞かされるだろう。 『木澤はお前と親しくなるつもりは無いようだ』と。 ふぅっと今日何度目かの溜め息が室内に広がる。 『そう、なんだ。あのさ、折角同室者になったんだし、たまには話とかしねぇ?俺も夜とか暇だなって時もあるし、』 無邪気な笑顔でそう言ってくれた同室者。 誰からも人気があり、悪口なんて殆ど皆無な彼の惹かれるべきところは、あの三人が居るのを差し引いたとしても秀でているその素直さだ。 ――――――ちょっと、 ほんの、ちょっと、だけ、 (友達、なれたり出来たもんかなぁー…) なんて思うのは、影尾自身が四堂のそんなところに羨望したから、なのだろう。 * 夕飯も食べずに疲労に任せ眠ってしまえば流石に腹が減るのは当然の事。 ふわ…っと大口を開けて欠伸をする中、間髪置かずに音を鳴らす腹を摩る影尾はベッドを降りると洗面所へと向かう。 ざっと顔を洗うも何だかまだ身体が怠い。何となく筋肉痛にも似た痛みが肩や背中に残っているのが何とも言えない不快感を生み出す。 月曜日の朝と言うだけで憂鬱なのに、週の始めの出鼻を挫かれた感は否めない。 (誰の所為だとかはこの際言わねーけどさぁ…) だが、それでも月曜日なのだ。学校へと向かうのは学生としての務め。 共同スペースでもある簡易キッチンでお湯を沸かし、今日は甘めに作ったコーヒーとトースターで焼いただけのパンを用意するとそのまま自室へ。 パサパサのそれをコーヒーで一気に流し込むと制服へと着替える。 少し早めに学校へと向かうのは同室者と鉢合わせしない為のこれも日課のひとつ。 今日も早めに部屋を出るべく、影尾はショルダータイプの鞄を肩に掛け、また出てくる欠伸を噛み殺す事等せずに大口を開けた侭ドアノブを回した。 「あ、お、おはよっ木澤っ」 「ーーーーえ、」 いつもだったらこの時間帯は制服に着替えている時間帯の同室者が、四堂が制服もばっちりの完成系でそこに。 なんで? え? サッカー部に朝練など無いのは知っている。 早起きもあまり得意で無いのか、常にギリギリに起きて食堂のパンをラブコメのヒロインの如く食べながら寮を出る事もあるくらいなのに。 「お、はよ。え…早くね?」 思わず思った事をそのまま口に出してしまえば、へへっと笑う四堂は得意気に立派とは言い難い胸を張った。 「俺も一緒に学校行こうかな、って思ってさっ」 ーーーーは? 「木澤とまだまだ喋りたいと思ってさっ、それに折角の同室者なんだからさぁ、一緒に学校行こうぜー」 にこ、なんて擬音が全力で体当たりしてきたような衝撃は、今度こそ完璧に影尾の頬を引き攣らせるのだった。
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