魔法使いの定義

9/9
前へ
/155ページ
次へ
『昨日あれから柊梧の部屋でゲームしてさぁ』 『あの人ら、めっちゃ目立つけど全然いい人ばっかだからっ』 『なぁ、やっぱさ。もうちょっと話しようぜ。俺マジであの時、あ、サッカー部の時な、かっこいいなぁって思ってたんだよ』 登校中に一方的に話してくる四堂のメンタルが凄い。 合いの手程度にしか返事をしていないと言うのに、それでもニコニコと百点満点の笑顔で笑っているのが影尾からしてみれば不思議でならない。 「四堂さぁ…」 「わ、初めて木澤から話しかけられた、感動ーっ!あ、で何?」 「…………あの三人にちゃんと早く登校してる、みたいな連絡してんの?」 「あぁ、大丈夫っ!ちなみにちゃんと朝飯も食ったから心配するなって」 朝飯の心配等はしていないが、腹が満たされているのであれば宜しい事だ。 何だかんだと早めの登校だったのもあり、あまり人目に付く事も無く、内心安堵しながら教室前で手を振る四堂と別れた影尾は席に着くなり、はぁ…っと息を吐いた。 (他人と登校とか…久しぶり過ぎて、) 朝から無駄に力を使ったようだ。 まだこれからが一日の本番だというのに、思わず出てしまった舌打ちは苦々しい。 (放課後はさっさと帰ろ…) 部活もあるだろうから四堂が声を掛けてくる事も無い筈。 さっさと部屋に戻るのが一番だ。 (あの三人も…まぁ、大丈夫っしょ。わざわざ近付いては来ないよな) けれど、こういう時に限ってフラグとは回収される。 一日の授業も終わり、朝同様足早に寮へと戻り、部屋着に着替えると早速ベッドに飛び込み、影尾はデジカメの画像を確認。 今日は非常階段でぼっち飯を堪能している最中に偶然見掛けた三年生同士のいびりシーンを激写したものだ。 (確か…あの姑みたいないびりしてたのが三年の…大河先輩で…前も確か幼稚なイジメしてたって噂あったよなぁ…) 正直気持ちが分からない訳では無い。 広大な敷地に学校と寮。コンビニやちょっとしたカフェの様な物は併設されているが、それでもこんな箱庭みたいな世界に詰め込まれているのだ。ストレスがたまらない訳が無く、何処かにぶつけたいと思う気持ちだって当たり前にあるだろう。 それが部活動や趣味等で上手く発散出来る人間も居れば、不器用を気取って他人に当たる人間が居るだけの事。 ーーーただ、正解では無い、と言えるけれど。 (本当、俺の不本意なコレクションが増えるだけってなー) 使える写真はきちんと保存。 これはほぼ影尾の毎日の日課とも言える。何かあった時に役に立つと言うのは経験上から嫌と言う程理解しているのだ。 S Dカードにデータを移動させ、完了させると溜め息と共にベッドに頭を沈めた。 何とも根暗の根本を行く作業だ。 早く学校なんて卒業して自由に生きたい。家族とも連絡を取らずに一人でしがらみもない生活、なんて憧れる日々。 そうした生活の中で親しい人間が出来て、そのうち気の置けない関係も築けて、 (ーーー好きな人も、出来たり、して…) ふっと自覚無く笑ってしまったのは自嘲のそれ。 でも影尾だって一応健全な男子高校生。それなりに知識もあれば、実践出来る日を夢見ていたりする。 ーーーあ、そう言えば、最近抜いていない。 元々が淡白だからか、数週間くらいならば自家発電行為なんてしなくても全然害は無いが、思い出せばもう一ヶ月近く放出していないなと思い出す影尾はそろりと上半身を起こした。 高校生になって貰ったのは個室。同室者は部活動に精を出している。 (そろそろ…しといた方がいいか?) 意識すれば、ちょっとその気になっている我が下半身のチョロい事と言ったら。 「………えーっと…」 白米に明太子。 自慰行為には、ぷるるんたわわなお姉さん。 これがセオリーかどうかは定かでは無いが、残念ながら今現在手元には無い。 何かお手頃な画像でも無いかとスマホの画面をタッチしていくと、少しだけ目覚めた下半身に比例する様にムラっと気持ちが昂り始めた、が、 ーーーーポーン (…へ?) 聞こえてきたインターホン。 思考と身体が一時停止し、ゆっくりと頭だけを持ち上げた影尾の顔が歪んだ。 このタイミングで? 来訪者なんて殆ど無いのに? いや、最近何か似た様な事があった。 最近どころか、昨日の話。 「…まさか、な」 四堂は居ない。 『彼等』がそれを知らない訳もない。 けれどそんな事を考えている間に再び鳴ったインターホンにびくっと身体を揺らした影尾はわたわたと自室を飛び出し玄関口へと。 「どちら様、ですか?」 ドアスコープなんて無いこの扉。金持ち学校ならばこの辺をケチケチしないでもらいたいが愚痴っている場合では無い。 「俺だけど」 「………」 古より伝わる詐欺か、これ。 思わず黙り込み、無意識に一歩下がる。 「あの、四堂なら居ませんけど」 「あぁ、大丈夫。用があるのお前だから」 うーわー… 俺は用は無いんすけど、と言ったらお帰り頂けるだろうか。 「おい、早く開けろよ。俺くらいになると扉ひとつくらい買い替える事も出来るんだけどぉ」 「こんにちは、古賀先輩」 流れる様な華麗な動きで玄関の扉を開く影尾の動きに迷いは無い。 「相良の事なんだけどさぁ」 ーーーーでしょうね。 にこっと笑う影尾が持つ魔法は自力で手に入れたモノ。 目の前の居る三人は、きっと魔法が使える杖なのだろう。 四堂は操っているつもりはなくとも、きっと彼の為にいくつも魔法を放つ事が出来る。 「どんなご用っすかね…」 どちらが強いか、なんて愚問なのだろう。 所詮フラグを守れる程の力はまだ影尾には無いらしい。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3186人が本棚に入れています
本棚に追加