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魔法使いの定義
唐突ではあるが、木澤影尾は小学校二年生から六年生くらいまでクラスメイトや近所から、嫌がらせにも似た行為を受けて来た。
理由は簡単。
母親が既婚者相手に略奪婚し、その嫁を家から追い出した後、堂々とその後釜に座ったからである。
当たり前だが前妻からは慰謝料なんかも請求はされたらしいがあっさりとその再婚相手が払ってくれた事もあり、それはもう清々しい程の笑顔付きでご近所に挨拶周りまでしていた。
当時まだ七歳だった影尾は母親に連れられ、理解出来ていた事と言えば、大きな新しい家が新居となり、新しい父が出来たという事くらいで周りの環境や状況なんてろくに理解出来てはいなかったものの、幼いながらも感じ取った事は大きい。
(あんまり…良い事じゃないんだろうなぁ…)
此方を見てひそひそと話をして、挨拶をすれば曖昧に頭を下げられるだけでスルーされる、露骨に眉を潜めて嫌味にも似た言葉を投げ掛けられる、そんな周囲の大人の態度。
それらを見て気付かない訳も無い。
母親はそんな周囲なんて気にも留めていないのか、颯爽とブランド物の靴を鳴らし道を歩くが、影尾は次第に背中を丸める様になってしまった。
そして、それは大人だけでなく、子供の世界にも影響した。
どうやら親である大人から有る事無い事がそれとなく聞こえてしまったのか、それとも親から直接『あの子とは付き合うな』と言われたのか。
良くも悪くも素直な子供。
親から何の理由も無くそんな事を耳にすれば必然と影尾が『悪』認定されるのに時間は掛からず、陰口、悪口は当たり前、物を無くされる、隠されるなんて事もまだまだ、そうしている内に軽い小突くような行為や足を引っかけられるなんて事も出て来てしまった。
本当ならば抵抗のひとつでも、もっと言ったら相手にやり返したり、向かうだけの技量があれば良かったのだろうが、生憎内気なだけの影尾がそんな事出来る筈も無く、ただ俯くだけ。
もう泣きたい、だが泣いたらきっともっと馬鹿にされる。
せめて人前で泣かぬ様にと拳を握り締めてその場では我慢し、無駄に大きな子供部屋でボロボロと涙を零す事も多くなり、正直学校に行きたくないなんて気持ちが出てくるのは当然で、精神的なものからなのか、腹痛に見舞われる事も増えて来た。
最初は何処か悪いのかと病院に連れていてくれていた母だが、診察した所何も悪い所が見つからない事に段々と影尾が仮病を使っていると思う様になったのだろう。
問答無用で朝食を用意し、食べなくとも時間になればランドセルと共に玄関から外へと放られる。
(マジで凹む…)
小学校六年生になった頃は、そんな母親も周りの大人もクラスメイト達も皆が敵で、影尾は若干擦れた子供になってしったのも当然の事だろう。
そんなある日の事だ。
今日は父親と出掛けるからと母親から金を貰い、その日の夕食を買いに近くのスーパーに行った時の事。
「――――――あ、」
見てしまったのは偶然。
ついでにお菓子のひとつでも、なんてお菓子コーナーにふらりと立ち寄った時、目の前に居た子供が駄菓子を数個、自分のポケットへと入れたのを見てしまったのだ。
しかもその子供は同じクラスのガキ大将のような、影尾にいつも絡んでくるウザい相手。
ぱちっと大きく瞬きする影尾に、向こうも気付いたのか、ぎょっと眼を見開くと次に段々とその顔色を青いものへと染めていく。
そしてやってしまった事と見られた事に混乱が相俟ったのか、ダッシュで逃げていくクラスメイトに呆気に取られたままの影尾はその後ろ姿を見送る事に。
(へぇ…あれが万引きかぁ)
初めて犯罪を見た。
しかもクラスメイト。
何ともレアなシーンだったと思いながら、まぁ見ただけで現行犯を捕まえた訳では無い。
それに余計な事を言って嫌がらせが悪化するのも避けたい。
そんな事を考えつつ、スーパーの店員に知らせる事も無く、半額になった弁当を購入するとそのまま何事も無かったように帰宅した。
だが、状況が変わったのは次の日の事だ。
あのガキ大将、昨日の万引きクラスメイトからの嫌がらせがぱたりと止んだ。
朝から他の子ども達に陰口を言われる事はあっても、あのクラスメイトが率先して影尾の元に来る事は無く、それどころかあからさまに避けるようになったのだ。
一体なんだ?と思うも、もしかしたら油断させたところで何かしでかしてくるかもしれん。そう訝しむ影尾は一応の警戒心を持ちつつ、数日過ごした時のある日の放課後。
――――だ、
「誰にも、言わないで、くれ…っ」
「――――は…?」
帰ろうとしているところを万引きクラスメイトに呼び止められ、空き教室でそう開口一発目に言われた影尾はくるりと眼を大きく見開いた。
もしかして殴られたりするのでは、なんて危惧していただけに言われた事が予想外過ぎて一瞬何を言われているのか分からなかったが、その相手の青白くなっている顔を見て、ようやっと、あぁ…っと小さく呟く。
万引きを黙っていろと言っているのだ、と。
「お、俺、母さんから中学受験させられそうになってて、それで、ストレスが、」
聞いてもいないのに万引きの理由までセットで付いてきた。
ーーーーへ、ぇ
そうして、彼の脳内にあるひとつの確証が生まれたのだ。
わざわざやり返したりする必要性なんて、無いんだな、とーーー。
(そうだよ、これだぁ…っ)
幼い思考に安易な閃きがパンパカパンなんて音になって脳内に響く。
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