捜査本部

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捜査本部

一夜明けての12月8日、八王子東署には、八王子ファミリーレストランマネージャー殺人事件の捜査本部が立ち上げられた。 署内の武道場の畳を取っ払って設置された会場には、八王子東署署長、桂雅之の陣頭指揮の下、集められた捜査員の他、要請を受けて急遽加わった、本庁からのエリート捜査員達も駆けつけていた。 副署長の杉田に 「署長、時間です」 と告げられた桂は、長年勤しんできた武道によって齎された、背中に鉄板でも入っているかのような体躯をぴくっと 動かし、立ち上がる。 「八王子東署の桂です。昨日、当署管内でファミリーレストラン、ジェントルのマネージャーが銃殺される事件が発生しました。犯人は現在、逃走中です。 初日と致しましては、まず、班ごとの捜査区分の振り分けを行います。 振り分けと言いましても、各班、情報を共有して捜査に当たって頂きますようお願い致します」 その後を杉田が引き継ぎ 「続きまして本庁捜査一課から、捜査に加わっている捜査員を代表して、 的場警部補からの着任の挨拶がございます」 と述べる。 「各捜査員には早朝にもかかわらず、お集まり頂き、感謝いたします。 昨日、報告を受けた時点では、マネージャーの殺害された時刻はかなり、限定されます。 客も従業員もいる中で殺害し、短銃も所持しているという事でありますから、用意周到かつ、大胆不敵な犯人像が想像されます。 そして、このレストランには、一階に駐車場も完備されておりますので、逃走には車を使った可能性もあります。 いずれにせよ、これだけの大所帯でありますから、捜査内容が重複する事なく、且つ、漏れのないようお願いしたい。以上です」 本庁、捜査一課からは、的場以下、4名の捜査員が派遣されて来ていた。 引き続き会議では、鳥羽から捜査員が回る地域についての説明が為される。 「東署の鳥羽です。配布したプリントに、各ペアと回る地域を載せてありますので確認をお願い致します。八王子と言う街は、国道16号線を南下していけば相模原市、北上していけば昭島市と、抜けて行く幹線道路もありますので、その範囲は膨大な物になります。 よって、皆様の洞察力を存分に発揮して頂き、一日でも早く、事件解決となりますようお願い申し上げます」 的場は所轄の捜査員達の力がどれ程のものなのか不明であるにせよ、自分達が助っ人として派遣されたからには、靴一足、履きつぶす位の覚悟で捜査に当たらなければと考えていた。 そんな中、的場は、ペアを組まされた浅沼が必要以上にこちらを避け、よそよそしい態度でいるのに気づき 「浅沼さん、ペアとなった以上、我々は星を上げる為、協力し合わなければならない。 本庁から来たと言っても、仕事が出来るとは限りません。肩の力を抜いてやっていきましょうよ」 と話す。浅沼はバレたかと言うような顔をして、的場を見 「すみません。お察しの通りです。こういう機会が今までなかったもので」 と答える。 「尊敬はあって然るべきですが、この際、言いたい事はどんどん言い合って、捜査に当たりましょう」 浅沼は的場の考えに共鳴し、これまで纏っていた殻を打ち破る位の勢いで仕事に打ち込もうと決意した。 鳥羽は、午前中から共に捜査に当たっている、本庁から来た井上を、それとなく観察した。 九時から、三時間経過した時点でも、休憩を取りたいと言う申し出はなく、 正午を30分回っても聞き込みは続けられた。 一時を過ぎた時、鳥羽自身がきつかった事もあり「めしにしよう」と声を掛ける。 二人はちょうど店の前に居合わせたという事もあり、迷うことなくその店に入る。 日本蕎麦屋は昼時のピークが終わったようで 「お好きなところにどうぞ」 という女将の言葉のまま、四人掛けの席へ掛け、すぐにオーダーを通した。 先に、井上の注文したざる蕎麦が運ばれると、井上は、ものの五分で、蕎麦を食べ終える。 一方、鳥羽の頼んだにしん蕎麦は、井上の器が片づけられる際に漸く運ばれ、タイミングの悪い空間での食事を余儀なくされる。 鳥羽は、井上が「早く食えよ、おっさん」と思っているだろうと推測しながらも、久々のにしん蕎麦であった事も手伝い、ゆっくりと味わう。 そんな中、井上は 「すみません。せかしているつもりはないんです。部署でもお前はせっかち過ぎるって良く言われてまして。 ガイシャの樋口辰夫ですが、午前中回った先でも、色々、興味深い話が聞けましたね」 と漏らす。 この仕事をしていると、何の落ち度もない人間が、なぜ、被害にあったのか?というケースもあるが、遅かれ早かれ、命を落としていただろうと、される者もいる。 鳥羽は、器のつゆを大方残し、食事を終えると「出ましょうか?」と言って席を立った。 その日の午後、八王子東署では各班による、聞き込み捜査の報告が行われた。 会議の冒頭、捜査員より、司法解剖の所見が発表される。 「それでは、報告します。害者の樋口辰夫は左側頭部を短銃で撃たれ死亡。 弾は頭蓋骨を貫通しており、規格は22LR弾。害者の後頭部には強固な物で殴られた跡があり、そこで一時的に気を失っているところを撃たれたものと推測されます。なお、害者の爪などに、皮膚組織、繊維などは検出されませんでした」 続いて、聞き込みによる情報が、井上から為される。 「樋口辰夫ですが、このレストランでは勤続6年で、それ以前は同じくジェントル系列の店で働いていました。現住所は西八王子、宝来町3の8、キャピタルマンションで、内縁の藤代早紀と同居。 樋口はレストランマネージャーという肩書通り、そこそこの収入を得ていたようです。妻の方もファストフード店で働いており、夫婦二人の稼ぎから、家賃、生活費を差し引いても、特に生活に支障をきたす事は無かったと思われます」 本庁組の捜査員が、井上に 「そうすると、夫婦仲についても特に悪いわけではなかった?」 と尋ねる。 「はい。今の所、藤代が夫に多額の保険金を掛けているとした事実もなく、夫婦仲は比較的、良好と見なされます。 続いて、樋口の高校時代ですが、当時の同級生からの話によれば、高校卒業後、電化製品量販店に5年程勤務していたそうなのですが、恋人に別れを切り出された事を皮切りに、生活が荒れ始め、ギャンブルにのめり込んでいったようです。しかし、今の所、借金返済等のトラブルなどは出てきておりませんので、引き続き害者の身辺を洗っていきたいと思います」 鉄筋コンクリートの打ちっ放しの建物は三階建てで、十八世帯が入居している。 鳥羽は、二階の自宅ドアの前に立つと、背広の内ポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。靴を脱ぎつつ「ただいま」と声を掛けると、奥の方から 「お帰りなさい」との声が聞こえる。 鳥羽は、二十代で家庭を築いた事もあり、二人の息子達は疾うに巣立っていた。よって、現在は官舎で、妻、静代と二人きりの生活を営んでいた。 部屋に入って背広を脱ぎ、しばらく風通しの良い所に吊るしておく。警察官や自衛官は、ある一定期間、集団生活を強いられ、整理整頓を叩き込まれる為、 どうしてもその名残が出る。 手洗いを済ませて、ダイニングテーブルの席に着く頃には、いい按配に食事の支度が出来ており、今夜も夫婦二人で、焼き魚、ほうれん草のお浸し、若布と胡瓜の酢の物、あさりの味噌汁というメニューでの夕飯を取ろうとしていた。 夫婦差し向かいで食事をしていても、妻に、警察内部での話は出来ない。 その為、今日も静代がワイドショーから仕入れた芸能ニュースや、時事ネタなどについて一方的に話し、途中、途中で、鳥羽が口を挟むと言う形になる。 刑事として一日中歩き回り、様々な人と接触して話を聞き出す仕事をしている身とあっては、時に、妻のおしゃべりに付き合いきれない程、疲れている場合もある。しかし、普段、家事の一切合切をやってもらっているという負い目もあり「うん、うん」とした相槌を打つ事で、上手くその場を取り繕っていた。 食後、居間のソファで茶を飲み、新聞に目を通していると、途端に睡魔に襲われ、慌てて風呂の準備をする。 鳥羽は風呂に浸かり 「しかし、どうして芸能人というのは、いとも簡単に別れてしまうのか」 と、先ほど静代から聞かされた話を基に考えた。 きっと、経済的に余裕があるからなのだろう。鳥羽が子供の頃には、親が離婚するというのは、一大事であり、余程の事がなければそこまでには至らなかった。 今は、自分が一番という人間が多すぎる。 間違いを起こすのが、人間なのだから、許し、再度受け入れなければならないのに。 そこまで考えた鳥羽は、人を疑う商売の男が言えた義理ではないなと、自らを省みた。 風呂から上がり、眠気もピークに達しつつあったので、そのまま寝室に向かい床に就いた。鳥羽は、緊急の呼び出しなどが入る事を考慮し数年前から、妻とは寝室を別にして過ごしていた。気の利く静代が干していてくれたふかふかの布団に身を横たえると、数秒後には、漆黒の世界に引きずりこまれていった。
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