聞き込み

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聞き込み

12月も中旬に差し掛かり、本庁から派遣された捜査員と、八王子東署の捜査一係に籍を置く捜査員らは、レストラン内にいた客達の家を訪問し、彼らから聞ける限りの情報を聞き出していた。 本庁所属の小泉は38という正に油が乗り切った年齢ではあったが、相棒である八王子東署の高田にすっかり水をあけられ、本庁の面目丸潰れという状況にあった。 聞き込みに回った先でも、高田の読みの方が鋭く、今や自分は高田のお荷物と化しているとさえ思えた。 それでも、ポーカーフェイスで通し、何食わぬ顔で高田と共に、バスに乗り、事件当日、高校の同窓会帰りに数人で店を訪れたと言う、鎌田美千代の家を目指した。 鎌田の家は、八王子の中心街から外れた新興住宅地の一角にあり、似たような家との差別化を図るよう、玄関先に苗木を植えたりしていたが、日当りが良くない為か、育成がままならず無惨な姿を晒していた。 「おはようございます。先日、アポイントを取りました東署の高田です」 「はい。少々お待ちください」 数秒後、ドアが開くと、柔和な笑みを携えた六〇絡みの女が現れ 「ご苦労様です。どうぞ、中へお入りください」 と二人を招き入れた。高田は抜かりなく 「申し訳無いですね。朝の貴重なお時間を拝借しまして」 と述べながらも、靴を脱ぎ、先に家に上がる。小泉も引けを取ってはいられないとばかりに、高田に続いた。 鎌田は盆の上に載せられた茶を二人の前に出すと、二人から受け取った名刺に目を移し 「刑事さんって、最初に警察手帳を見せるものとばっかり思ってたら、実際は違うんですね」 と言う。 「そうですね。後から署に連絡してもらう場合にも名刺の方が便利なので」 と答えた高田の後、小泉が 「鎌田さんは、事件のあった当日、高校の同窓会の帰り、皆さんとお茶でも飲んで行こうとなって、ジェントルに入られたんですよね。その際、店員の様子が変だったとか、異様な物音を聞いた等、ありませんでしたか?」 と切り出す。 「そうねぇ。あの時間帯はそれまでいた子供連れのファミリーなんかが帰って行き、客層もガラッと変わるので、何かあれば気づくはずなんだけど、特に気になった事は無かったかしら。ごめんなさいね。私、後からふっと、思い出したりする事もあるんだけど、今回はダメみたい。わざわざ来て頂いたのにすみません」 「いや、何も変わった事がなかったという事実だけでも成果と言えますので。後日、何かありましたら、どんな些細な事でも構いませんので、署の方へ連絡願います」 鎌田の家を出た後、もう一軒、回る先の、工藤聡美の家に向かう。 工藤の家は周囲に緑化公園などもあり、鎌田の住む界隈とは一線を画していたが、完成当時は輝いていたと思われるマンションの白壁が色褪せ、経てきた年月の長さを物語っていた。 「お世話になります。八王子東署の高田です。今日はお忙しい所、お時間取って頂きまして申し訳ございません」 「はい、はい。お待ちしてました」 先に訪ねた鎌田に比べ、工藤は幾分気取らない性格に映り、二人は、何かしらの情報が得られるのではないかという淡い期待を抱いた。 リビングに通された二人は、ソファに掛ける前に、各々、名刺を渡し通り一遍の挨拶をする。 「それで、今日は何をお話すればいいんでしょう」 「工藤さんは、同窓会帰り、ちょっとお茶でも飲んで行こうとなって、ジェントルに寄ったんですよね?中で、何か、気になった事とかありませんでしたか?」 「あれ位の遅い時間になると、ママ友同士で来てた人達が帰って行って、その代わり職業不詳の若い人達のグループなんかが入ってくるから、騒々しくてね。 お店の品位とかも落ちてしまうというか。だから、余計、誰かの事を注視して見ているなんて事は、無いと思いますけど。目先が利く久保さんなら何かしら話を聞けるかもしれない。行ってみたら?」 次に訪ねた久保宅は、工藤のマンションの目と鼻の先にあり、ダメでもともとと言う気持ちで呼び鈴を押す。 出て来た久保は、アポイント無しにも拘わらず、捜査の為ならと言う事で、快く、二人を中へ入れてくれた。 開口一番、小泉が、先の二人にしたのと同じ質問を投げかけてみる。 「そう言えば、私、トイレに立ったのね。そうしたら行く途中、若い男性とぶつかりそうになっちゃって。彼が上手に避けてくれたから事なきを得たけど。 何か、急いでいる感じを受けたのを覚えている」 「それは何時位でしたか?」 「用を足して、皆の所に戻って、工藤さんと、もう一時間経ったのねって話したから九時半位だと思う」 小泉と高田は、丁重に礼を述べ、久保宅を後にした。その後、昼を挟んで五軒の家を回り、署に戻る。 署では、捜査会議が開かれるも、現時点では令状を取って引っ張れる程の参考人が出てくる訳でもなく、捜査員達の間には、重苦しい空気が漂っていた。 会議の終わりに、本庁から来た的場が 「何者かが、客を装って入店し、奥の部屋で犯行に及んだという線は依然として濃厚ですが、何か、見落としている点があるかも知れない。引き続き、客達の身辺を、抜かりなく調べていって頂きたい、以上です」 と述べ、当時レストラン内にいた、宅配便の仕分け作業グループを井上班、 平成大の落研グループを林班、ゲーム”ノアの箱舟”のオフ会グループを後藤班で回るよう指示した。 井上直也は、傍らで眠る瑠璃が、滅多な事では起きないと知っていても、本人に気づかれないよう、慎重に慎重を重ねて、寝具から出た。 身支度を整えた後、冷蔵庫からなにか腹の足しになるような物を見繕い、牛乳と共に胃に収める。 半同棲中の瑠璃と知り合ったのは三年前の正月、上司の家での事だった。 そこには、正月という事もあり、キャリア組も、生涯頑張っても警部補辺りが関の山という者も、混在して招かれていた。 署長職に就いている父親と共に参加していた瑠璃とは、そこで出会い、帰り際、連絡先を交換して別れた。 直也は、日々、署にて「男なんか、端からあてにしてない」というスタンスの女達と共に働いており、世間知らずのお嬢様を絵に描いたような存在の瑠璃は、それだけで新鮮だった。 初めて肉体関係を結んだ際にも、瑠璃は、それまで相手にしてきた女達には見られなかった貞淑さを持ち合わせており、直也を感激させた。 父親は、瑠璃に、現在彼女が勤めている損保会社の同僚と結婚する事を望んでいるようだった。警官の妻になったら最後、夫のサポートに明け暮れ、夫不在の際には自身が中心となって、家を守っていかなければならない。 瑠璃の父親の気持ちが痛いほどわかる直也は、この際、自らが身を引く形で、交際に終止符を打った方が良いのではないだろうか?と自問自答した。 鳥羽は、これから回る宅配便の仕分けパート勤務の女性達への聞き込みを、井上に任せて良いものか、今一度考えてみた。 相手が、自分のような、くたびれかけた初老の男では、彼女らの取り組み方にも多少の影響が出る、と予測した鳥羽は、やはり、初っ端は井上で行こうと結論を出した。 大手配送会社勤務の6人の女達は、捜査に協力してほしいという警察からの要請で、社内の控え室に集められ、捜査員が現れるのを待っていた。 最初の5分は、誰一人口を開く事もなく、待つ事が出来ていたのだが、 その内、誰からともなく会話が始まり、井上がドアをノックした時には、自分達が部屋に集められた理由さえ、あやふやなものとなっていた。 「失礼します」 との声と共にドアが開く。入ってきた男の顔を見た船津恵理は「あら、いい男じゃない」と心の中で呟いた。恋愛からはとっくに戦力外通告を受けている46歳という年齢ではあっても、妄想の世界で好みの男と色々やる分には誰にも咎められる恐れは無い。 「そうでもしなけりゃ、退屈だもの」 我ながら勝手な言い草だなと思いつつも、じっとりとした視線で男を包囲した。 柴崎まどかは若い方の刑事を見て、半年前に別れた男を思い出していた。 出会い系サイトに登録しても35歳という年齢がネックとなり、いい返事がもらえない。 そうした二進も三進もいかない過程を経て、漸くデートにまでこぎ着けた相手は、意外にも年下の男だった。 ネットで知り合って会う男女の多くは、初デートで御座なりの夕食を取った後、どこにでもあるシティホテルに向かい、躊躇する事もなくセックスする。 自身のモノクロの人生を極彩色に変えるには、例え、世間から後ろ指をさされても、こうした自らを解放する行動に出るしか、方法はなかった。 この先、何人の男を引っ掛けられるのかはわからない。 ただ、無情にもカウントダウンは始まっている。女の部分を活かして生きていく為にも、男との密接な触れ合いは必要不可欠だ。 「私、メンタルが病んできているのかも…」 まどかは机を挟んだ向かいにいる、初老の目つきの鋭い男に、心中を全て、見透かされているような気がし、あわてて視線を外した。 鳥羽と井上は簡単な自己紹介の後、早速、本題に入る。まず、井上が 「事件があった日以外、あの店に行った事がある方はいますか?」 と聞く。 「私は、PTAの流れで、過去、五回位利用してるかな」 と井上の真向いの女が言い、その隣の女は 「お友達とランチで二回位」 と答えた。船津恵理は突発的に井上を困らせてみたくなり 「あなたね、そんな中途半端な聞き方じゃ、時間が幾らあっても足りないわよ。聞くとしたら、私達と男の間の交遊関係とか…そういう線で聞きなさいよ」 と、ふっかけた。 力なく「すみません」と答えた井上の後、鳥羽が 「おっしゃる通りです。何分、経験不足でして。お許し下さい。 改めてお聞きします。被害者の樋口辰夫さんと面識のある方はいらっしゃいますか?」 と聞く。 「あの、私個人では面識ないのですが、その人に関する噂を聞いた事があって。子供が保育園時代、仲良くさせてもらっていたお母さんから聞いた話なので、事実かどうかはわかりません」 その言葉の主、丹羽彩香に皆の視線が注がれる。 「構いません。どうぞ」 「以前、今回の被害者の方の奥さんが、ファストフード店で働いてらっしゃって、彼女はそれなりに仕事も出来るとかで、新人への指導も任されていたようなんです。それで、彼女は若い女の子限定で、お金、困ってない?いいバイト先紹介してあげるわよ、と言って近づき、水商売やファッションヘルスなどの仕事を斡旋し、マージンを取っていた…という事です。 店側はその事実を掴んだ時点で彼女を解雇するんですが、他店に移っても、同様の事を繰り返していたみたいで」 「興味深いお話、有り難うございました。早速、事実関係を洗ってみたいと思います」 鳥羽は、そう言って一礼すると、女達の、まだ何か、言いたげな表情を無視して、部屋から出た。 林と奥貫は事件当日、客として訪れていた、平成大学落語研究会に所属する部員達に話を聞く為、大学まで出向いたが、まだ活動中との事で、結局、彼らの落語を聞きながら待つように言われる。 学生が、趣味の一環としてやっているに過ぎないと、高を括って見ていた二人は、それなりに形になっている落語に、思わず笑ってしまう。 大学生とは言えなかなか捨てた物でもないなと感心する中、稽古も終わり、急遽、場所を講義室に変え、話を聞く。 「今日は、せっかくの活動中の所、お邪魔してすみません。 以前、部長から聞いた話では、一月に主催される落語コンクールに誰を選出するかの相談で、ジェントルに集まったと言う事でしたが」 「はい。実質、二年と三年の七人が集まりました」 「それで、金持ってる奴は、何か、注文して。厳しい奴はコーヒーだけで我慢してましたね」 「あの店は、あの時間帯、手薄になるっていうのは皆、知ってて。あくどい客なんかは、ドリンクバーも金も払わずに使ったりとか。やりたい放題でしたから」 「でも、君は店に密告するような事は、しないんだ」 と林が聞く。 「えぇ。そういう連中って、遅かれ早かれ、天罰が下るだろうっていう考えなので、あえてスルーします」 奥貫は、彼の精神は高く評価したものの、結局、犯人に結びつく有効な目撃証言などは得られず、学生達に礼を言い、大学を後にした。 河合と後藤は、午前中、一時間余りを費やした、ゲーム「ノアの箱舟」オフ会メンバーへの聞き込みが徒労に終わり、捜査会議での報告を、どう乗り切るか、頭を悩ませていた。 同時に空腹も覚えていた為、大手スーパーに併設されているフードコートで、昼食を取る事にする。 二人は、平日でも休日同様の混み具合を見せている店内に足を踏み入れると、まず、席を確保し、交代で料理を取りに行った。 河合は同年代で本庁採用の後藤を色眼鏡で見ていたものの、以前からの知り合いのように接してくれる後藤に「宗教でもやっているのだろうか?」とした憶測を抱いていた。 「河合さん、どうしました?神妙な顔つきされてますけど」 トレー上に、半チャンラーメンを載せた後藤が言う。 「いや、考え事をしてました。すみません」 「うわっ、ホットドッグ。うまそう!僕もそっちにするんだった」 無邪気な笑顔を見せる後藤に、とんでもない人間達ばかりを相手にする警察官が務まるのだろうか?という気持ちになるも「上司の教育次第だな」と結論付ける。 二人は、無駄口を叩かず、飲食に専念し、十分程で食事を終えた。 午後には、午前聞き込みに行った先で、紹介されたオフ会の中心人物、塩崎の家に行かなくてはならない。 「しかし、ノアの箱舟の話とゲームを結びつけるなんて上手いことやりますね。堕落した人間に制裁を加えようとした神が、ノアとその家族8名と、あらゆる動物をつがいで船に乗せた後、大洪水を起こす。何か、現代社会にも引用できるような気がします」 と言う後藤に、河合も 「そうだよね」 と、同意する。 「じゃ、そろそろ行きますか?」と言った河合に対し、後藤が 「僕、片付けてきますよ」と河合の食器までも、請け負い、返却する。 河合は「本当に、今時、珍しい位のいい奴…」とその後ろ姿を見つつ思った。 八王子市内でも地価が高いことで知られる場所に、オフ会の中心人物である大学生、塩崎輝のマンションはあった。 部屋に入って通された広々としたリビングルームには、当日、オフ会に参加していたフリーターの畑野亮と声優養成所に通う三橋梢もおり、三人から同時に話を聞く。 各々の名刺を渡した河合と後藤は、塩崎にソファに座るよう勧められ、腰を下ろすと、早速、本題に入る。 「事件当日、皆さんはどういう経緯で集まったんですか?」 「SNSです。誰かが、ノアの箱舟のオフ会をやるから集まろうと言う呼びかけをして、それで」 という積極的な姿勢の畑野とは別に、三橋は、客の飲み物などを用意し、裏方に徹する。ここで、塩崎が思い出したかのように 「それと、あの事件が起きた日に、初めてオフ会が開かれたわけではないんです。それ以前にも、何回か集まってるし」 と補足する。 「なるほど。そうすると、皆、本名は名乗らず仕舞い?」 「えぇ、そうですね。塩崎君なんかは、名前は勿論、お父さんが地方で会計事務所を経営していると言った事まで話してくれて、すごく、オープンなんですが」 と語る畑野は、塩崎を持ち上げる事で、自らのフリーターという境遇を目立たなくさせているようだった。 河合と後藤は、事件当日、ジェントルで何か、変わった事がなかったか三人に尋ねるも、それに反応するのは、男性2人で、三橋梢には記憶を辿る気配すら見られなかった。 暫し沈黙が訪れ、河合と後藤は、出されたコーヒーをブラックで飲む。 「こりゃ、単なる時間稼ぎだな」 河合は捜査会議に間に合うように、署に戻らなければと、こっそり時計を見て時間を確認する。 「あの、私、今、思い出したんですけど」 突如として、三橋が口を開く。 「オフ会には、途中で入ってきたり、最後まで参加しないで出て行ったりする人もいるんです。あの日は、トータルで三時間位、店にいたと思うんですけど、一人、いつの間にか、皆の中に紛れ込んでいる人がいて… 誰だろう?この人…と思って見ていたら、二十分位で姿を消したんです」 後藤は 「三橋さん、他のお二人をお引き留めしては申し訳ないので、その話の続きは、メールでやりましょう。こちらに、送信願います」 と名刺を渡して頼み、河合と共に、はやる気持ちを抑え、塩崎宅を出た。 鳥羽と井上は、被害者の内縁の妻である藤代早紀の家を訪れていた。 奥の部屋での、焼香を済ませた二人は、リビング兼ダイニングといった板間にて、話を聞く。 「この度はご愁傷様です。御主人のご葬儀で大分お疲れになってらっしゃるんじゃないですか?」 鳥羽が沈痛な面持ちで問うと 「有り難うございます。この後、四十九日を迎えれば故人とも、本当の別れという事になるんでしょうけど、まだ、部屋にお骨がある内は、あの人が生きてるうちに、こうすべきだったのではないかと言う後悔の気持ちが湧いてくるんですよね。今更どうなるものでもないのに」 藤代早紀はそう言い、白髪が見え隠れする生え際の髪を、軽く、手で梳いた。 「御主人だった樋口さんとは、同郷でいらしたんですよね?」 「えぇ、千葉の片田舎でね。私は、父の再婚相手の継母との折り合いが悪かったし、夫は両親が離婚して、どちらからも見放されて、おばあちゃんに引き取られてた。 あの人が夜間高校に通ってた時に知り合って、当初は単なる友人の一人に過ぎなかった。ただ、よく、居合わせて、それでちょくちょく話すようになったのかな。ある時、二人で、このつまらない日常からぬけだそうか?っていう流れになって。三か月後、私が高校を卒業した日にとんずら。あっ、とんずらって、言わないか? とにかく、駆け落ちとも違うんだけど、二人で上京したんです。あの人、昼は働いてたから、そこそこ金は持ってたし。 普通は故郷って、何が何でも自分を許してくれて、且つ、受け入れてくれる場所なんでしょうけど、私達にとっては、居心地が悪い所でしかなかった。 特にあの人は、おばあちゃんが亡くなってからは、誰とも、連絡取ってないと思う」 「そうでしたか。ところで、ご主人が人から恨みを買うといった事はありませんでしたか?」 「そうねぇ。特には」 変わって、井上が 「今回の御主人が殺害された件で、犯人に対しての個人的な感情などはありますか?」 と聞くと、早紀はきっとした表情で井上を見 「刑事さん、今、私が悲しみの最中にいるのにも拘わらず、さめざめと泣き崩れていないのを、不思議に思ってらっしゃるのかもしれませんが、こちとら生きて行く為には、いつまでも悲しんでいたって仕方がないんです。 今、あの人に言いたいのは、ここまで二人三脚でやってきたのに、途中でくたばっちまって何さ!って事」 と吐き捨てた。 八王子東署の捜査会議場として使われている武道場には、次々と、聞き込みを終えた者達が戻って来て、中は、冬場とは思えないほどの熱気に満ちていた。 八王子東署、署長の桂が捜査員からの報告を、待ち望むように、前方、中央に陣取る。 鳥羽は、取るに足らない他の報告に付き合う気はさらさらないとして、会議が始まると同時に、挙手し、報告に入る。 「宅配便仕分け作業グループの一人から聞いた話によりますと、夫婦そろって悪質なブローカー行為をしていた可能性が浮かび上がってきました。 その内容としましては、妻の藤代早紀がファストフード店で働いている最中、 同僚の若い女に金を貸し付け、その返済に困った所で、夫の樋口が返済を肩代わりし、水商売などで働かせるとした手口です。 働かせる場所としては、キャバクラから売春をやらせるような店まで、多岐に渡っていたようですが、実際、藤代には、そこまで詳しい内容は知らされていなかった可能性もあります」 桂は 「引き続き、ガイシャの、若い女性を対象とした仕事あっせん業について、捜査願います」 と述べ、その場に居合わせた他の捜査員達も、にわかに、きな臭くなってきた事件の流れを受けて、一時、騒然となる。 次の、本庁の後藤による報告も、皆が固唾を呑むような興味深い内容だった。 「そうすると、そのノアの箱舟のオフ会に途中で参加してきた男がいて、しかも最後まで残らず、帰って行ったと言う事か。 ただ、その証言が一人からしか出ていないと言うのが弱い」 と桂が水を差すも、後藤とペアの河合は 「おっしゃる通りです。引き続き、この証言をした声優志望の三橋梢を良く洗ってみる所存です」 とフォローした。
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