裏の仕事

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裏の仕事

キャバクラ「カサノバ」の控え室では、今日も、指名が多い、売れっ子達から優先でドレッサーが宛がわれ、下から数えた方が早い加賀みつきは、仕方なく持参したミラーで、ルージュを引いた。 店のナンバーワンはエキゾチックな顔だちの杏奈、二位は現役女子大生の夏美、三位は正統派秋田美人の琴乃だ。 ドレスは貸与で、メイクと髪は店でやってもらえる為、持参するものは小型のパーティバッグと靴だけで良い。 みつきが店で履く靴は、五千円しない廉価品だった。と言うのも売れっ子でもない自分が、いい物を身につけるなど、それこそいい笑いものだと考えていたからだ。 時に、みつきは、なぜ、自分がここにいるのだろう?と疑問に思うことがある。 高校卒業後、地元、福島でトリマーの資格を取り、東京のペットサロンに就職したみつきは、やはり進学で上京していた従姉妹とルームシェアし、双方の親から送られてくる食材で、毎月の食費も浮き、比較的、ゆとりある生活を満喫していたはずなのだが、そういう時に限って、無い物ねだりが顔を出す。 みつきは勤務先のペットサロンで、同僚達がプチ整形に夢中になっているのに感化され、自らもやってみようと決意する。そして、女性週刊誌に出ている美容整形外科の広告を、隈無く調べ、狙いを絞った医院に予約を入れると、その一週間後にはオペを受けていた。 80万の手術費用はローンで賄ったが、服や交際費などで出ていく金もあり、ファストフード店でのバイトを開始する。 「ローンでがんじがらめになってるなんて可哀想。もっと割のいい仕事、紹介するわよ」 と、声を掛けてきたのが藤代早紀で、彼女の紹介でこの店に入ったのだ。 半年も経たないうちにローンも完済でき、後は、地道に、本職一本でやって行けば良かったのだが、実入りの良さもあり、そのまま辞める事なく現在に至っていた。店で、どう頑張っても、引く手あまたにならない自分に納得がいかず、その後も何回か手術を受けるが、未だにトップ3にも食い込めない。 夜ごと悔しさの余り、繰り返される歯ぎしりのせいか、先日行った歯医者では顎関節症の疑いありと診断された。 「店を変わってみようか」 と30分おきに思うみつきではあったが「そんな事をやっても、結局、現状は変わらない。3日もすれば、まだ前の店の方が良かったとなる」と、深いため息をついた。 瀬川有希は、六時半のミーティングに滑り込みで間に合ったものの、まるで学校のHRのような堅苦しさには、いつまで経っても慣れずにいた。 「ガールズバーにミーティングなんて必要あり?」 と小馬鹿にしていた頃とは打って変わり、今は、何とか、やり玉にあげられませんようにと願う。 かつてはホストの世界に身を置いていたオーナーの立木は、このガールズバー以外にも、数店舗経営しているやり手ではあったが、そこで働く女達に対しては一切、妥協がなかった。 やれメイクが濃すぎる、やれネイルが剥げているなど、年がら年中、口を出す。但し、立木自身が店に来るのは月イチで、実際の統轄を任されているのは、立木の姉の大崎緑だった。 濃紺のパンツスーツに身を包んだ大崎は、一同の前に姿を現わし 「おはようございます。早速ですが、前月の売り上げナンバーワンは、美咲さんでした。美咲さん、おめでとう!今後ともよろしくお願い致します。 それと、他の皆さんも、美咲さんを見習って、より一層の努力をして下さい。 店には、稼ぎ頭がいるから、私は、頑張らなくてもいいなんて思ってたらダメ。 現場の雰囲気も、店のレベルもガタ落ちしてしまいます。多少の無理は承知で自分を磨く、これを怠ったら女はお終いです。今、私が言った事に反論を唱える方は、即刻、店を辞めてもらって結構。皆さんより容姿が劣る、ダサい女の子でも、やる気のある子の方が伸びしろがある。私は、この辺りでいいやなんて胡坐をかいたら、そこで成長も止まり、輝きも失ってしまう。 お客様が、面白い子だなと興味を示すのは、やはり、おしゃべりが弾む時です。ですので、そのあたりの研究も、各自、抜かりなく行って下さい。 それでは、今日も、一日、宜しくお願い致します」 と、立て板に水と言った感じで話を終える。 「全く、嫌んなっちゃう」 有希は、毎回、手を変え品を変えの大崎の演説には、心底、閉口していたものの、店に来る客の殆どが、金離れの良い男達で占められているという点には代えられないとして、今回も、敢えて平気な振りをして取り繕った。 このガールズバーに入ったのは、三年前、有希がキャッシング返済をしている時に、偶然、藤代早紀が居合わせ、そこで、早紀から 「お金に困らない方法教えてあげましょうか?」 と耳打ちされた事が発端だった。 バイトが終わった後、喫茶店に誘われ、席に着くと直ぐに夫らしき男が現れ、その男からこの店で働く事を勧められた。 実際、ガールズバーで働き始めると、衣装は貸してもらえるし、興味のあったメイクアップやネイルについての情報交換も行える。後ろめたい気持ちは最初のうちだけで、二週間もすれば、水を得た魚のように店に溶け込んでいた。 それでも、トップ3の座につけないのは、有希自身にもわからない。 女が理想とする女と、男が求める女は、根本的に違うと言うのも理由のひとつだろう。 「そりゃぁ、上位にランクインしたら誇らしいだろうけど、ハンバーガー屋での五日分の稼ぎが、一回で入ってくるんだもん、文句は言えない」 そう、心の中で呟くと、コンパクトで化粧のノリをチェックした。
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