第一話 プロローグ

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第一話 プロローグ

 テレビ画面からはお笑い芸人の高笑いが響いている、首を少しだけ傾けて映像を確認するがなんども見たはずの芸人の名前が思い出せない、いや、正確には思い出す気もなかった。  なぜ、こんな『人生』になってしまったのだろうか――。  血だらけになって仰向けに横たわる妻を見下ろしながら考えをめぐらせる、比較的恵まれた環境で育ってきたと思う。小学校、中学校と誰かにいじめられる訳でもなく、誰かをいじめる事もなかった。  友達もそれなりにいたし部活動も楽しかった、高校生になると彼女もできた。就職先は典型的なブラック企業だったが一緒に働く同僚は気が合う連中で居心地は良かった。  順風満帆とまではいかないがそれなりに満足はしていた。二十七歳の時に大きな別れを経験してから、しばらくは茫然自失とした日々が続いたが日々の仕事に忙殺されるうち、次第に元の生活へと戻っていった。妻と結婚したのはちょうどその頃だ。  どこで『選択』を間違えたのだろう?  なぜこの女と結婚してしまったのか?  思い出してみるようとするが記憶は曖昧だった。今年で三十五歳になる佐藤達也は三年前に目の前で死んでいる女と結婚した。仕事の繋がりで出会ったこの女とは最初から気が合わなかった。口を開けば人の悪口を言い、世の中に対して文句があると憤る。マイナス思考が限度を超えていて周りの人間すべてが自分を馬鹿にしていると常々口にしていた。  美容師だった彼女は先輩だけではなく後輩にも馬鹿にされていたのだと言う。そんな自分が嫌で努力して貯金し自分の店を開いた、従業員も数人雇いオープンした店は傍目にも順調にいっているように見えた。  広告代理店で働く佐藤はオープンから彼女の店の広告関係を任され次第に関係も深まっていく、性格はともかく仕事に対する真面目さとやる気は佐藤が今までに付き合ってきた女性達にはないものだった。  これまでに付き合ってきた恋人は殆どが穏やかな性格で喧嘩になる事もなかったが、この女とは度々怒鳴り合いの喧嘩をしている、にも関わらず結婚に至ったのは三十二歳という年齢と、いい加減過去の恋人をひきづっていては駄目だという思いがあったのかもしれない。  人生は何度も『選択』を迫られる。生きていく上で何度も訪れる『選択』で『正解』を選びづづけなければならない。今、間違いなく言えることは、この女と結婚するという選択は確実に間違いであったという事だろう、いや、佐藤は過去にまで思いを遡る、元はと言えば二十年前、十五歳で訪れた場面が最初の過ちだったのではないのか、あの日、違う『選択』をしていたら全く別の人生だったのだろうか。  その日は人生の中でもベスト三に入るであろう奇跡が起きた。今から二十年前、十五歳の誕生日、中学三年生だった佐藤は好きだったクラスメイトの女の子に誕生日プレゼントをもらい。 「好きです、付き合ってください」  そう告げられた――。
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