第十二話 巨大隕石郡

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第十二話 巨大隕石郡

乗船三日目――。  ホテルのスウィートルームのような部屋で陽葵はキングサイズのベッドに寝転んでいた。 「春翔くん夜這いに来ないなあ」  欲求不満のおばさんのような事を考えながら天井の模様を目で追った。三日目にして暇を持て余している陽葵とは対照的に、神宮寺と春翔は何かを調べたり二人で話したりと陽葵を完全に除け者にしていた。  宇宙空間に時間という概念を定義するのは難しいが、体内時計が狂わないように陽葵は左手に腕時計をしていた。確認すると深夜二時。  千年前。以前の暮らしを思い出す。ちょうどこれくらいの時間帯、控えめに開く扉、陽葵の部屋に入ってくる黒い影。声も出せずにひたすら時間が過ぎるのを待った記憶が鮮明に思い出される。  なんで我慢していたのだろう、父を非難することもできたはず。でも陽葵は我慢する事を選んだ。結果としてそれが家族を崩壊させたのではないか。あの二人は、陽葵を育ててくれた両親は結局どうなったんだろう。とうの昔に死んでしまったであろう二人の、優しい笑顔を思い出す。   『陽葵、かわいいなあ』 『陽葵、痛いところないか』 『陽葵、ありがとう』    二人はもうこの世界のどこにもいない――。  久しぶりだった、死について考えてしまうのは。永遠に続く三千世界ではその必要性がなかったから。  しかし、今は生身の人間。もしこの宇宙船が墜落したり隕石が衝突したりすればそれで終わり。宇宙空間に投げ出された身体はいずれ跡形もなく消滅して永久に復元することはできない。つまり陽葵はどこにも存在しなくなる。そしてその世界はこれからも千年、一万年、一億年と続いていく。    陽葵が存在しない世界が――。    がばっと上半身だけ起き上がる、ハァハァと呼吸が荒い。  怖い――。  一度、死の恐怖に支配された脳内は中々もとに戻らない。陽葵はパジャマのまま部屋を飛び出した。すぐ隣の部屋を開けて静かに入る。  間接照明だけの薄暗い部屋の中。寝室では春翔がスウスウと寝息を立てていた。その姿を見て陽葵は少し安心する。数秒間思案すると、かけてある布団に潜り込んだ。 「失礼しまーす」  まったく起きない春翔の肩に陽葵は頭を乗せた、春翔の寝息と胸が上下するリズムが死の恐怖を遠ざけていく。なんて安心するまくら。少しだけ間借りしようとしただけの陽葵は結局そのまま眠ってしまった。 「うわぁぁぁ!?」  春翔の叫び声で陽葵はようやく目を覚ました。 「あ、春翔くん、おはよう」  無駄にデカいベッドの上で春翔は座った姿勢のまま陽葵から後ずさる。 「陽葵ちゃん、え、どうして?」  辺りをキョロキョロと確認している、おそらく自分の部屋か確認しているのだろう。しかし、似たような部屋がいくつもある宇宙船では確信が持てないのか、春翔は混乱していた。 「もう……。覚えてないの?」  陽葵はせっかくだから少しからかおうと、春翔の肩を指でぐりぐりする。 「え、覚えて、え?」 「すごかったよ春翔くん……」 「えええぇ!」  陽葵が俯いて照れた少女を演出すると、春翔は挙動不審になりブツブツと呟いている。少し刺激が強すぎたようだ。 「春翔ー、昨日の計算だが――」  神宮寺はノックもしないで部屋に入ってくると、春翔と陽葵を交互に見た。 「ほどほどにな、ちゃんとゴムしろよ」  この時代にそんな物はないが、あえて神宮寺は二人に通じるように避妊を促した。 「ちょちょちょー! 待ってください」  春翔はベッドから飛びおりて、部屋から出て行こうとする神宮寺の腕をつかんだ。 「誤解です、これは、そんなバカな」 「五階だろうが六階だろうが男たるものちゃんと責任はとれよ、なあ陽葵?」 「うん」  陽葵がもう少し遊ぶことにしたその時、けたたましいサイレンの音と共にゼウスの緊急アナウンスが流れた。   『緊急事態、緊急事態。大型の隕石群が接近中! 至急司令室まで集合してください』 『緊急事態、緊急事態――』  三人は顔を見合わせた、只事じゃない雰囲気に神宮寺がまず動いた。その後に春翔が続く、陽葵は一人部屋に取り残された。  大型の隕石群が接近中――。  いやいや、まさか。未来の最新宇宙船なんだからそんなものはヒョイっと避けられるでしょ。上がる心拍数を落ち着かせるように自分に言い聞かせた。そして、急いで二人を追いかける。   「なんだってんだ! ぶつかりそうなのか?」  司令室で神宮寺が大きな声をだしていた。 『このままだと正面衝突します、範囲が広過ぎて回避することは不可能ですが、現状最善の手段は隕石群の隙間をくぐり抜ける事です』 「ぐぐり抜ける可能性は?」 『0.0001%です』 「くそっ!」 『衝突まで残り十分。どうされますか? ぐぐり抜けるには軌道を進行方向から南南西に二度ズラす必要があります』 「破壊できないのか? 雷帝を撃つエネルギーは十分あるはずだ」  雷帝はゼウスが持つ攻撃手段。エネルギーを雷の力に変換して膨大な出力を産み出すレーザーのような兵器で、その威力は一発で地球を粉々に破壊する事が可能だった。 『隕石群のうちの幾つかは破壊可能です、しかし全てを破壊する事は不可能。その場合の衝突回避率は先ほどのさらに千分の一です』 「この、ポンコツが!」  ソファを思い切り蹴り上げた。固定されたソファは全く動かず、側にいる春翔は茫然とその場に立ち尽くしていた。神宮寺は素早い動きでテーブルに置かれたノートパソコンを開くと、一心不乱にキーボードを叩き始めた。 「え、死ぬ、の――?」  陽葵が呟くとゼウスが反応する。 『衝突した場合の生存確率は0%です』  いきなり宣告された死のタイムリミット、さっきまではしゃいでいた陽葵は嘘のように血の気が引いた。その場にペタンと座り込む。 「これで終わり……」  巨大なスクリーンにはゼウスを示す丸い点、その先から少しずつ近づいてくる大量の小さな点がチカチカと点滅している。あの二つが衝突したら陽葵の人生は終了。永遠に現れることもなく時間だけは過ぎていく、永遠に――。 「いや、いやー!」  パニックなる陽葵を春翔がそっと抱きしめた、その体もカタカタと震えている。 「諦めないで、なにか方法があるかもしれません」  それでもなんとか励まそうとする春翔に陽葵は夢中でしがみついた。 「やだ。怖い、怖いよ春翔くん」  ヒッ、ヒッ、ヒッ。呼吸が上手くできない、過呼吸になった陽葵の背中を春翔がさする。神宮寺は苛立ったようにパソコンを乱暴にタイピングしていた。   『隕石群との衝突まで残り五分』   感情のない無機質な機械音が陽葵の頭に反響する、恐怖でおかしくなりそうだった。こんな事なら宇宙旅行なんかついてこないで大人しく夢想してれば良かった。後悔が纏わりついて離れない。なのに春翔の腕の中は暖かくて、死のリミットが近づくにつれ陽葵は落ち着きを取り戻していった。 ――『先頭の隕石から数えて三番目を雷帝で撃ちなさい』――  どこかで聞いたことのあるその声は、ハッキリと陽葵の頭の中に話しかけてきた。 「え、え? 三番目を、撃つの?」  わけもわからず声の主に聞いた、春翔と神宮寺は何事かと陽葵を見ている。  ――『はやくしろ、手遅れになるわ』―― 「ゼウス、前から三番目の隕石を、なんだっけ、撃ってとにかく、はやく!」 『雷帝で先頭から三番目の隕石を撃ちますか?』 「はやく!」 「おい、陽葵!」  神宮寺が立ち上がる。 『かしこまりました』 「ちょ!」  何かを言いかけて神宮寺は再び腰を下ろした、打開案がない以上、陽葵の奇行に賭けるしかない。   『ヴゥーーーーーーーーーーン』    静かな宇宙船に何かを充電するような機械音が鳴り響く。   『エネルギーチャージ七十五% 九十% 百% 雷帝発射準備完了。三秒前、二、一、発射!』  ゼウスから発射された雷帝は陽葵の指示通り三番目の隕石に命中した。バラバラになった隕石は周りの隕石に衝突する。それらは衝突の衝撃で軌道をわずかに変えた。その隙間を縫うようにゼウスは隕石群の中を通り抜ける。二分後。最後の隕石がゼウスを掠めたが本体に損傷はなかった。 『隕石群を通り抜けました』  静かな船内に生還をつげる無機質な機械音が流れる、神宮寺はソファに座りながら天を仰いだ、陽葵は全身の力が抜けて春翔にもたれかかる。 「助かった――?」 「みたいです」  陽葵の囁くようなか細い声に春翔は答えた、神宮寺はテーブルの上のタバコに手を伸ばすとライターで火をつける。 「陽葵、どういうことか説明しろ」  煙を吐き出しながら神宮寺は陽葵を見た、何のことか分からない陽葵はただ神宮寺を見上げた。 「なぜ、雷帝で三番目を撃たせた?」 「聞こえたの……声が」 「声?」 「うん、三番目を撃て、手遅れになるって」  神宮寺は眉間にシワをよせて何かを考えている、目の前のパソコンキーを「タンっ」と軽く叩いた。画面を陽葵に向ける。 「このパソコンはゼウスに搭載されているAIをさらに進化させたものだ、コイツに隕石群のデータと軌道予測を認識させてゼウスの生還方法を調べさせた、残念ながら間に合わなかったが、その答えがこれだ」  陽葵はテーブルににじり寄ってパソコンの画面を見た。 『流星群の先頭から三番目の隕石をゼウスの雷帝で狙撃。生存確率百%』  陽葵の指示とまったく同じ答えを神宮寺のコンピューターは弾き出していた。 「なん、で……」 「そいつを質問しているんだがな、まあ何にせよ陽葵のおかげで命拾いしたな。 ゼウス!」 『はい』  「あんな大規模な隕石を予見できなかったのか?」 『突如軌道上に現れました、あのような事象はデータにありません。現在解析中です』 「どーなってるんだ、くそっ!」 『解析結果が出ました。突如出現したホワイトホールから排出された隕石群がたまたま進行方向に現れたようです。このような事象は過去に一度もありません』 「たまたまってお前、この広い宇宙空間でそんなたまたまが存在するのか?」 『確率的には一無量大数分の一以下になります』 「もう大丈夫なんだろうな?」 『確率的には一無量大数分の一以下です』 「もういい」  神宮寺は諦めたようにタバコを加えると足を投げ出した。 「ユッキー、また来たりしないよね?」  陽葵の質問に神宮寺はお手上げのポーズをとる。不安になり春翔を見つめた。 「大丈夫ですよ、一度体験するのも天文学的な確率みたいだし、それを二回なんて絶対に有り得ませんよ」 「そっか、そうだよね」 「絶対なんてもんはないけどな」 「ユッキー!」 「フンっ」  その後、何事もなく宇宙船ゼウスは惑星シヴァーを目指して順調に近づいていった。クリューソスを出発してから三カ月、陽葵は到着まで硫化水素カプセルで眠ることにした。春翔と神宮寺は交代で眠りながら次の惑星の情報、独自の研究を進めていった。  そして宇宙空間、その歴史から見れば一瞬にも満たないが、人類にとっては赤ん坊が立派な大人に成長するだけの時間が過ぎていった――。
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