第十四話 美しい大地

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第十四話 美しい大地

 三人と一羽はゼウスに搭載されている小型の飛空挺に乗り込むと、石井の指示に従い惑星シヴァー唯一の陸地であるユピテルをめざした。      雲一つない紺碧(こんぺき)の空を低空飛行で走る銀色の飛行物体は、永遠に続くかと思われた藍色の水面を通り抜けて緑豊かな大地へと景色を変えた。  さまざまな草木や、色とりどりの花々は上空から眺めると一枚の油絵のように美しく幻想的だった。まさに理想郷ともいえる神々の楽園にも等しいユピテルに到着すると陽葵たちは飛行機から降りて久しぶりの大地に足を踏み入れた。 「うわあ、芝生だあ、気持ちいいー」  サッカーコートが二面は入りそうな敷地には緑の芝生が所狭しと張り巡らされていた。陽葵はその場に寝転ぶとゴロゴロと左右に転がって芝生の感触を確かめる。すると寝転んでいた陽葵の視界に小型の犬が現れた、毛並みのいい薄茶の柴犬はベロを出しながら陽葵に近づいてくる。 「やだ、かわいいー!」  寝転んだまま拾い上げて抱きしめると柴犬も陽葵の顔をペロペロと舐め回す。 「ちょ、こら」  ひとしきり子犬とじゃれあっていると柴犬は急に喋り出した。 「やっぱ若い女子(おなご)はええなー」  愛らしいルックスからは相続できないしゃがれた声が聞こえてきた、嫌な予感が陽葵を襲う。 「もしかしてこれ?」  陽葵は立ち上がると芝犬を指差して石井に尋ねた。 「幻影や、まあこの島の村長的な男や」 「じゃあ、中身はおじさん?」 「わしよりは年下やんな、なあ?」 「年齢なんてよう覚えとらんわ」  陽葵の足に擦り寄ってくる柴犬をサッカーボールのように蹴っ飛ばしてやろうかと考えたがなんとか堪えた。神宮寺は腹を抱えて笑っている。 「ほんで彼らは?」  関西訛りの柴犬が石井に尋ねる、犬と鳥が会話をする異常な光景が目の前で繰り広げられていた。 「宇宙旅行やって、ここには充電に寄ったみたいやねん。面白そうな連中なんで連れてきたんゆ」 「ほー、ええやん、ゆっくりしていき」  それだけ言うと興味を失ったのか村長はお尻を向けてスタスタと遠ざかっていった。 「ここいらはワシの土地やから自由に使ってええぞ、あとさっきみたいに島民にあったら石井の預かりだと言えば大丈夫や」  陽葵はすぐに名案を思いついた、十五年間もゼウスの船内で過ごすなんてまっぴらごめん。かと言って起きたばかりでまた冬眠するのも憚られる。こんなに美しい場所があるならば住まない手はない。  この土地に家を建てて、庭に畑を作る。都会で何不自由ない生活をしていた陽葵は自給自足の生活に憧れていた。 「絶対に嫌だ!」  神宮寺がそう言うのは織り込み済みだった、陽葵は春翔と石井を抱き込みなんとか説得する。最終的には好きな時にゼウスに戻れるという折衷案(せっちゅうあん)で会議は幕を閉じた。  木造平屋の三LDK、バストイレ別。鳥籠付きの新築は三日で完成した。もちろん陽葵たちが作ったわけじゃない。ゼウスに駐在する人型ロボットを十体ほど失敬して、住宅設計のプログラムを入力すると、後は全自動で二十四時間休みなく働いた。 「畑と田んぼは自分たちで頑張ろうね」  新築祝いと称してダイニングテーブルを三人と一羽で囲んでいた。ゼウスから持ち込んだ冷蔵庫から神宮寺がビールを取り出すと石井も一緒に酒を飲み出して酒盛りが始まった。  陽葵と春翔はコーラで乾杯をすると神宮寺が作った料理を皆で食べた。 「ところで脳はどこに保管されているんだ?」  神宮寺が石井に質問するが「外部の人間には言えない法律じゃ」と言って器用にくちばしでビールを飲んだ。幻影でも酔っ払うのだろうか、と陽葵は疑問が湧いた。 「ところでこの鳥籠はなんやねん?」  窓際にぶら下がる鳥籠を石井は羽根で指した。 「なにって、いっくんの部屋よ」 「そうそうこの中がワシは大好きでなっ、ってワレ舐めとんのか! この天才科学者がこんな籠のなかに入るかっちゅうねん、なめとったらあかんで自分」  石井は声を荒げて抗議した。 「へー、石井さんは科学者なんですね、神宮寺さんと一緒だ」  感心したように春翔が呟いた。 「ま、まあな、ワシくらいの科学者はそうそうおらんよ実際」 「神宮寺さんもすごいんですよ」 「分かっとるわ、ゼウスを動かしたことがそれを証明しとる、しかしなぜお前たちは宇宙の果てを目指す、命の危険をおかしてまで何を知りたいんや」 「私は楽しそうだから」 「俺は別の目的がある」  陽葵と神宮寺の答えを石井は無視して春翔に問いかけた。 「どうして現実にこだわる、仮想世界でええやないか。すべてを知ってどうすんねん」 「分かりません、ただ本能が、何かが僕を突き動かすんです、石井さん。何か知っているなら教えてもらえませんか?」  石井は空になった空き缶をくちばしでつついた、カンカンっと乾いた音が鳴る、どうやらお代わりを催促しているようだ。春翔は忙しなく冷蔵庫に駆け寄ると缶ビールを持ってきてグラスに注いだ。   「巨大な水槽に小さなメダカがいるとするわな、この時メダカにとって世界の果てとはどこや?」 「水槽の端ですか?」 「そうや、しかし現実には水槽の端には先がある、ワシらがいる世界や、宇宙もまた同じやで」 「宇宙の先に別の世界があるんですか?」 「だったら行けるかもじゃない! ね?」  陽葵は無理やり割って入るが石井は無視して続けた。 「飼っているメダカの一匹が突然変異で知能がついて水槽から脱出しようと試みとる、飼い主の君は傍観しとるか?」 「しません、逃走できないように対策するか、最悪……」 「今までに誰も辿り着けない理由はそこにあんねん」 「宇宙外の介入があるってことか?」  神宮寺の質問に石井は曖昧に頷いた。 「え、なになに、宇宙人的な?」 「そんな次元の話ちゃうわ、まあ、すべては憶測に過ぎんがな」 「なーんだ結局いっくんにも分からないんだ」 「そーいう事や、だから人間は想像すんねん」  陽葵はあまり納得がいかなかったが春翔は「ありがとうございます」と頭を下げた。  ゼウスに充電が貯まるまでの十五年、この星で暮らす事になった三人は、とりあえず奇妙な協力者と住む家を確保した。
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