第十八話 不知火の思惑

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第十八話 不知火の思惑

 美しい少女だった――。    不知火は昼間の記憶を呼び戻しながら目の前で殺し合いをする鬼子を眺めていた。生物学上は親子の関係になる二人、今まさにその母親が実の息子に大きな草刈り用の鎌を胸に突き刺して致命傷を負わせた所だった。  母親は大量の返り血を浴びて剥き出しの目を見開いている。狂気に満ちたその瞳はまさに鬼子に相応しい、不知火は満足した。   「神の代弁者、ただいま戻りました。ご報告が」  小さな蝿のような生き物が肩に止まった、もう少しマシな幻影を作れないものかと辟易したが、対象者にバレないように偵察するにはこれ以上ない代物だろう。不知火は先を促した。 「石井、並びに他惑星からの来訪者たちはこの収容施設で保護している鬼子の解放を目論んでいます」  石井の入れ知恵だろうな。不知火は一瞬で推察した。エネルギー充電の為に寄った星でわざわざ人助け、いや、奴らは鬼の化身だから人ではないが。そんな物を誰が好き好んで解放したがると言うのか。  しかし――。  そこに『ゼウス』を奪う好機が生まれるかも知れないと不知火は思案した。終末戦争の生き残りである不知火はゼウスの存在を当然知っていた。もちろんポセイドン然り国家機密の最終兵器を誰でも知っているわけではない。某国家で戦いの陣頭指揮を取っていた不知火だからこそ知り得る情報だった。  しかし不知火は直接ゼウスを見たわけじゃなかった、幻影状態で陸地を離れて遥か数キロ先まで移動するなんていう芸当は石井以外に不可能だからだ。  しかし、確認するまでもなくその宇宙船はゼウスだと確信していた。この世界にゼウス以外で何万光年先にある惑星に辿り着ける乗り物など存在しない、人類史上最高の頭脳を持つあの男が作った宇宙船以外は。 「代弁者様、ありがとうございます、またしても生き残りました」  不知火の幻影の前で母親は土下座した。不知火は考え事をしている時に割って入られる事を何よりも嫌悪した、まとまりかけたパズルのピースをひっくり返されたかのように思考がバラつく。しかも下等な鬼子に邪魔されたとあってはより業腹だった。  不知火は母親の息子に突き刺さった大鎌を引き抜くと、思い切り振りかぶり土下座する母親の背中に突き刺した。鎌は胴体を貫通し刃先が腹から飛び出ると母親は声を発する事もなく絶命した。  不知火はその場に胡座(あぐら)をかいてがらんどうの目を閉じた、再び思考の海にダイブする。これから何をすべきか正しい答えを導き出さなければならない。  奴らを皆殺しにしてしまえばゼウスはすぐに手に入る、肉体を復元すれば搭乗することも可能だ。しかし問題は誰が操縦するかという事だ。おそらく背の高い年配の男、情報によると神宮寺と言ったか、奴が操舵しているに違いない。はたまた自動操縦か。とにかく何も分からない状況で殺してしまうのは尚早だろう。  それにあの美しい少女、彼女には何か神々しいオーラを感じる、まさに神の代弁者に相応しい相手だ。    不知火は硬く結んでいた目を開いて立ち上がる。  もうここも必要ないな――。  まずは久しぶりに肉体を復元しようと考えてから歩き出す。親子の死体を踏み越えながら不知火は収容施設を後にした。
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