第十九話 救出作戦開始①

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第十九話 救出作戦開始①

「人類ってのはなかなか良さそうね」 「文明レベル4.0を超えてきた、さすがにまずいんじゃないか?」 「なに言ってるのこれからよ」 「かったりー」 「もう少し様子をみよう、彼らがどうやって我々にたどり着くか、そこにヒントがあるはずだ」    陽葵の意識に直接飛び込んでくるように声が聞こえてくる、夢のような現実のような。意識そのものが幽体離脱して遥か遠い場所にいるような感覚。時々聞こえてくる意味不明な会話は陽葵の好奇心に触れた刹那、底の抜けたバケツに水を注ぐように記憶の片隅から流れ落ちて消えた。  陽葵は目が覚めると自分の部屋を出てリビングに向かった。窓の外はすでに明るく、穏やかな日差しがフローリングの床を照らしている。ダイニングテーブルに並べられたガラクタを神宮寺と春翔が食い入るようにして眺めていた。 「おはよう、なにそれ?」  陽葵はあくびを噛み殺しながら鉄製の靴のような物体を指差した、他にもメタリックに輝く帽子に小さな鏡、縄跳びの()の部分みたいな謎の棒。 「空飛ぶ靴や」 「はぁ?」  後ろから声をかけてきた石井に陽葵は振り向きながら顔をしかめた。鳥籠に収まったままタバコをふかしている。 「あとは透明になる帽子と真実を映す鏡、さらに何でも切れる剣や! わしの発明品やで。なんかの役に立つやろ」 「へー、すごーい」  陽葵はゴシゴシと目を擦ると取れた目ヤニを石井に見せた。 「食べる?」 「食うかあぁぁぁ!」  鳥籠の中で暴れ回る石井を無視してキッチンに入るとコーヒーメーカーに水を注いだ。数秒で香ばしい香りが鼻の奥を刺激する、同時に空腹感が襲ってきた。 『トントン』と後ろから肩を叩かれて振り向くが誰もいない、気のせいかと思い向き直るとまた『トントン』と肩を叩かれた。 「なによもう?」  振り向くがやはりそこには誰もいない、しかし良く目を凝らすと空間が一部歪んでいるようにも見えた。陽葵はなんとなくその部分に手を入れる。 「ハハっ」  誰もいない場所から笑い声が聞こえてきた、もう一度歪んだ空間に手を入れようとしたがそれは陽葵の手を避けるようにしてキッチンから出て行った。そして誰もいなかった場所にいきなり春翔は現れた。 「ごめんごめん、陽葵ちゃん」 「あれ? 春翔くん」  するとバサバサーっと羽根を羽ばたかせて石井がカウンターキッチンの上にとまった。その自信に満ち溢れた表情に陽葵はイラッとした。 「どや? これが透明になる帽子や」  改めて春翔を見ると確かにテーブルに並んでいた帽子を被っている。ピカピカに光輝くキャップがイメージと違いすぎてまるで似合っていない。 「え、え、どうして? どーいう原理?」 「たまげたやろ、これは光子力学を極限まで――、いや、まあ要するにめっちゃすごいカメレオンやな」 「へー、すごーい」  今度は本当に感心した陽葵はテーブルに並べられた他の発明品を手に取る。 「これは?」 「空飛ぶ靴や、反重力装置が内蔵されとるから自由に空を飛べるが前には進めん」 「これは?」 「真実を映す鏡、まあ嘘発見器やな」 「これは?」 「なんでも切れる剣、ライトセーバーみたいなもんや」  陽葵は縄跳びの柄のような棒に付いたボタンを押した。 『ヴゥゥーーーーーン』  大袈裟な効果音と共に棒の先から青白い光が三十センチ、ちょうど菜箸くらいの長さに伸びた。 「短くない?」 「それが限界やねん」  陽葵がもう一度ボタンを押すと棒の光は消えた。 「てゆーか、いっくんてこの島くらいなら人間の姿でいられるんじゃないの?」  すっかり鳥籠の中のペットのように扱っている石井に尋ねた。 「この方が機動力がええねん、あと変えるには一変脳に戻らなあかんしな」 「まあ、可愛いからいいけど」    陽葵たちは簡単に朝食を摂ると収容施設の人間を解放するための会議を始めた、不知火派の見張りに見つからないように敷地内に潜入できたとしても本人たちに脱走する意思がなければ意味がない。  なんとか説得して脱走、ゼウスまで連れてくる事が出来たとしもすぐにバレるだろう。怒った不知火がどんな行動に出るか分からない。結局話は平行線を辿ったが、まずは収容施設内の様子を見てくる事に決まった。   「せやな、まずは偵察やな」 「この透明になれる帽子があればいけるんじゃない?」  陽葵がメタリックの帽子を手に取る神宮寺と石井は「頼んだ」と頭を下げた。 「ちょっとちょっと、か弱い少女をそんな危険な場所に行かせようって言うのー?」  陽葵は頬を膨らませて抗議した。 「あ、あの、僕がいきましょうか……」  春翔が申し訳なさそうに右手を挙げたが石井が「あかんな」と遮った。 「春翔は賢いけどコミュ障や、中にいる初対面の人間とまともに会話なんてようできひんわ」  その意見には陽葵も同意だった、石井の話では軟禁された人達はすでに不知火たちに懐柔されていて逆らう気力など残っていない。その人たちを説得して脱走させるのは口下手な春翔には荷が重い。陽葵は神宮寺を見た。 「俺はダメだ、帽子が小さくて頭がはいらん」  神宮寺の爆発した頭をみて陽葵は納得した、そもそも早く救出に向かうことを提案したのは自分。得体の知れない建物に怯えていたが今は目的があるし仲間もいる。陽葵は小さく頷いて決意した。  制服にはアンバランスなメタリックの帽子を被り、鉄製の靴を履いた。見た目とは違い軽くて動きやすい、ポケットに鏡と剣? をしまい陽葵は出発の準備を整えた。 「きーつけてな」 「え、付いてきてくれないの?」 「あかんやろ、見張りに見つかったら不審に思われるわ」 「ちぇー」  ぶつぶつと文句を言いながら陽葵は帽子に触れる、ちょうど右耳の上辺りに小さなスイッチがあった、どうやらこれが電源のようだ。押してみる。 「どーお?」  陽葵が問いかけると春翔が「あっ、消えた」と呟く声が聞こえた。 「しかし、よく見ると空間が歪んで見えるな、この辺とかほら」  神宮寺が伸ばした手が陽葵の胸の触れると、陽葵は反射的に神宮寺の頬を引っ叩いた。 「何すんのよっ! この変態!」 「ちょっとまて、見えないんだから仕方がないだろ」 「ピンポイントでおっぱい触っといて、本当に見えてないのかなぁ」  透明な陽葵が腕をクロスさせて胸を隠すが、当然二人と一羽には見えていない。 「おっぱいだと? そんな感触はなかったぞ」  神宮寺の腹に思いっきりパンチをするがまるで効いていないのか笑っている。緊張感のない出発で精神的には落ち着いた陽葵は元気よく「行ってきまーす」と言って玄関の扉を開けた。 「まて陽葵、これを持っとけ」  神宮寺の差し出した手のひらの上にはカプセルの錠剤のような物が乗っていた。 「なにこれ?」 「下痢止めだ」  投げ返してやろうかと思ったが念のためポケットにしまっておいた、緊張してお腹が緩くなる可能性もゼロではない。今度こそ陽葵は玄関を後にした。
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