愛しい口づけを

1/27
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
-1-   穏やかな日差しがこぼれる庭で、初老の男性が花壇の隅に立つガゼボに座っていた。  手には読書用の本を持ち、組んだ足の上にはひざ掛けがかけられている。  テーブルの上には彼が好きな紅茶が注がれていたが、すでに冷めきっていた。  庭では幼い子供たちがボール遊びをして、楽しそうな声が聞こえてくる。  それに合わせて、親たちの和やかな声が重なりあうように流れる。  心地よい風が頬をなで、暖かい日差しとともに眠気を誘う。  本を持つ手が膝の上におかれ、しばらくするとその手が本とともに膝から落ちた。  一緒にひざ掛けもずれ落ち、彼の頭も自然としなだれる。  彼の様子に気が付いた初老の女性がそばに歩み寄り、彼の手から落ちた本とひざ掛けを拾い上げる。  本をテーブルの上の置き、ひざ掛けを掛けなおそうと膝から落ちた彼の手を取り、 『あなた・・・』  声にならない言葉が美しい口元からもれる。  彼女は崩れ落ちるように彼の元に膝をついた。  彼の手を握りしめ、もう片方の手を彼の頬にあてる。  彼の頬から唇に指をなぞり、腕をつたい両の手で彼の手を握りしめ、その甲にくちびるを押し当てる。  優しく、愛しい口づけを。  愛おしむように何度も握り返し、何度も、何度も、くちびるを落とす。 「あなた、すぐにわたくしも参ります。  心から愛しています。  ありがとう。」  彼の顔はまるで微笑むように優しい顔をしていた。  彼女もまた、初めて恋をした少女のようにはにかみ、彼の手を握りしめたまま、彼の膝に頬を横たえた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!