愛しい口づけを

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-3-   翌日、サイモンはアボット家を訪れフローラに会いに来ていた。  邸内ではなく、人に話を聞かれることのない庭園で二人は並び、花を愛でていた。 「フローラ、僕も15歳になる。子供の頃からの約束は覚えてくれている?」 「もちろんよ。私はサイモン以外の人とは結婚なんかしないわ」  サイモンは安心したように、緊張で強張った顔を緩めた。 「良かった。僕もフローラ意外とは結婚しない。同じ気持ちでいてくれて嬉しいよ」 「なに? どうかしたの?」  心配そうにのぞき込む瞳を見ながら 「僕、騎士学校に入ろうと思うんだ」 「騎士学校へ? サイモン騎士になるの? そうね、運動神経も良いし、あなたなら大丈夫だと思うけど。でも、騎士学校は全寮制でしょ? 中々会えなくなるわね」  寂しそうに俯くフローラに 「フローラ、僕は騎士になって君を支えられるような男になりたいんだ。  必ず迎えに来る。それまでどうか、僕を待っていてほしい」  フローラに向き直り熱く語り掛けるその瞳は、真剣で熱を帯びていた。  フローラもまた、サイモンの言葉に喜びと一抹の寂しさを感じながら笑顔で答える。 「ええ、待っているわ。私、あなた以外は愛さないもの。ずっと待っています」  二人は見つめ合い、はにかむように顔をほころばせると、頬を赤く染め幸せの瞬間を味わっていた。  それからサイモンの誕生パーティーも無事終え、次の春を迎える頃、騎士学校への入学をすることになる。  出立の日、エイデン家まで見送りに来たフローラにサイモンは手を握り、何度も思いを確かめ合った。 「手紙を書くわ。もし余裕があれば返事をちょうだい」 「わかった。手紙は苦手だけど、できるだけ返事を書くよ」 「お休みには帰ってくるでしょう?教えてね。すぐに会いにくるから」 「うん、もうすでに君に会いたいよ」 「ふふ。今、会っているのに?」  二人は手を取り、額をすり合わせるようにして別れの時を惜しんだ。  最後まで固く握られた手を引き裂いたのは、ファウエルだった。 「もう時間だ。そろそろ出た方が良い」  その言葉にサイモンはフローラの手をゆっくりと離し、並び見送ってくれる家族や、家の使用人達に出立の挨拶をする。 「行ってまいります。かならず立派になって戻ってまいります」  そう言い残し、馬車に乗り込んだ。  フローラは泣くのをじっと我慢した。サイモンに笑顔が見たいと言われていたから。  泣き顔ではなく笑顔を覚えておきたいから、どうか笑ってほしいと懇願された。  無理な話と思いながらも、懸命に涙を堪えなんとか笑顔で見送ることができた。  次に会えるのはいつになるだろう? 2年間の寮生活。  若い二人にとっては、長く切ない時間だった。 「フローラ。サイモンなら大丈夫だ。あいつはそんなに軟じゃない。立派になって戻ってくるさ。それまでは、僕を代わりに頼ってくれて構わない。昔みたいに、そうしてくれ」  フローラは背の高いファウエルを見上げながら、 「ファウエル兄様、ありがとうございます。子供の頃はファウエル兄様にもたくさん遊んでいただきましたものね。なつかしいです」 「昔からフローラは私を兄様と呼ぶが、今となってはその呼び名は気が早く聞こえてしまう。兄様は無しだ。ファウエルと呼んでくれ」 「……ファウエル様?ふふ、なんだか知らない人を呼んでいるみたいです」 「知らない人か。それも良いな、仕切り直しが出来そうだ」 「……? どういうことですか?」 「いや、気にしないで良い。大したことではないから」  ずっとサイモンを見て、サイモンだけを頼りにしていたフローラにとって、ファウエルは少し遠慮がちに接する存在だった。しかし、サイモンが家を離れた今となっては、本当の兄のように頼っても良いのだと少し安心感を覚えた。  ファウエルに自邸まで送ってもらうと、フローラの兄のカミーユが珍しく出迎えてくれた。  フローラと年の離れた兄であるカミーユは、子爵家の当主となるべくほとんどの日々を領地で過ごすことが多かった。その兄が自分を出迎えてくれるなんて珍しいこともあるものだと思いつつ、フローラは嬉しく思った。 「お兄様、いつこちらに? 今日は騎士学校に向かったサイモンを見送って来た後、ファウエル様に送っていただきました」  フローラは馬車を降りると淑女らしからぬ足取りで、小走りにカミーユに駆け寄る。  カミーユはフローラの肩に手を置き引き寄せると、 「ファウエル殿、妹をここまで送っていただいて礼を言います。  それにしても久しぶりですね、どうです? 少し話でもして行かれませんか?  珍しいシガーを手に入れたところです、良かったらぜひ」  カミーユはフローラを自分に引き寄せ、空いた片方の手で邸の方へ手を向け誘導する。 「お久しぶりです、カミーユ様。お誘いは嬉しいのですが、家の者にすぐ帰ると伝えてあるので今日のところは失礼します。申し訳ありません」 「そうですか、では日を改めて近いうちにぜひ」 「ありがとうございます。では、失礼いたします。フローラ、また」  そう言ってフローラに笑顔で手を振り、馬車に乗り込んだ。  馬車が走り去るのを眺めながら、カミーユがぽつりとつぶやく。 「食えない男だ」  その言葉が耳に入らなかったフローラは、サイモンが騎士学校に向け発った時の話をカミーユに話して聞かせた。それを聞いてカミーユは、 「フローラ、お前を任せられるのはサイモンだ。今のその想いを忘れるな」  いつもと違う凄みのある声で言い聞かせるように口にする。  何を意味するのか理解していないフローラは、二人の仲を認めてもらえたと思い嬉しそうな声で「はい」と答えた。
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