愛しい口づけを

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-5-   騎士学校に入学してから初めての長期休暇。  サイモンはフローラ宛てに帰宅の日を手紙にしたためる。 『今すぐに会いたい。会って君に触れたい』熱のこもった言葉に、フローラの顔も自然に赤く熱を帯びる。貴族らしい気の利いた言葉など出てこない。そんなサイモンの直情的な愛情表現が、フローラにとっては好ましく思えた。  帰宅の日、フローラは自邸でサイモンを待っていた。  サイモンが好きな焼き菓子を用意し、今か、今かと待つ姿に母は「まあまあ、大丈夫よ。サイモンは一番に来てくれるわよ」。メイドや執事からも「お嬢様、やっとお会いできますね」と気遣われ恥ずかしい思いをしていた。  昼過ぎ、エイデン家の馬車がアボット家の門をくぐる。  フローラは令嬢らしくなく走り出し、馬車止めまで走り寄る。  馬車が止まるとすぐにドアが開き、サイモンが姿を現した。 「フローラ」 「サイモン」  二人は向かい合ったまま、身動きが出来なかった。  会えば抱きしめたいほどに募る思いも、まだ婚約者ではないのだからと我慢をし、でも手を取るくらいは許されるだろうか?と考えてみたり。  会えば話したいことが尽きることなく口をついて出てくるのではないかと心配したりもした。  しかし実際会ってみれば、会えない時間が二人を少しだけ大人へと成長させていることに気付く。  ほんの半年……それでも少女が女性に、少年が青年へと変わるには十分すぎる月日。 「フローラ。元気だった?」  今のサイモンにはこれがやっと。甘い言葉をささやくような気の利いたことはできない。  それでもフローラには十分だった。 「サイモン。私は変わらないわ。あなたは?騎士学校は厳しいのでしょう?大丈夫?」 「うん。厳しいけど仲間もできたし、充実はしている。心配はいらないよ。ありがとう」  そんな二人に執事が邸の中へと誘導し、二人は応接室へと歩き始める。  応接室ではフローラの母であるアボット夫人と、兄のカミーユとともにお茶をいただき、談笑しながら楽しい時を過ごした。  しばらくしたのち、サイモンはエイデン家へと帰る。  馬車まで見送りにきたフローラに、 「フローラ。しばらくはずっと一緒にいられる。やりたい事を考えておいて。一緒に過ごそう」  フローラは満面の笑みで「はい」と答えるのだった。  騎士学校の休みは10日ほど。その間も自宅で剣の鍛錬はかかさない。  朝早くから起き、朝食の前に剣の稽古をする。  その後、皆で朝食をとりフローラへ会いに行く。そんな日々が幸せだと感じた。  アボット家の庭にある四阿で、二人はゆったりとした時間を過ごしていた。 「サイモン、押し花をありがとう。あれ、あなたの瞳に色の花でしょう?とても嬉しかったわ」  サイモンは少し照れながら、 「ごめん、うまくできなくて。あれでも一応周りの友達に聞いて作ったんだ。  押し花は本の間に挟んでおくと良いって。だから本に挟んでおいたんだけど、汁が染みだして本が染まってダメになるわ、花の色は無くなるわで思うようにいかなかった。ごめんね」 「ふふ。でもすごく嬉しかったわ。私のために作ってくれたんだもの。どんな物でも嬉しい。大事にするわね」 「そう言ってくれると僕も嬉しいよ。ありがとう」  そう言って少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を外す。 「実はね、私も作ってみたの。私の瞳の色と同じ琥珀色の花よ。  あなたから貰った花と同じように、栞にしてみたんだけど。どうかしら?」  フローラはハンカチに包んだ二つの栞を、テーブルの上に並べた。  それを見たサイモンは手に取り、 「本当だ。フローラの瞳の色と同じ。それに僕の押し花もこんなに綺麗になるなんて。  大変だったろう?ありがとう。これ、貰ってもいいの?」 「ええ。あなたにあげる為だけに作ったのよ。貰ってもらわないと困るわ。ふふ」  そう言ってフローラは、ハンカチに琥珀色の花の栞を包むとサイモンに手渡した。  受け取ったサイモンはもう一度ハンカチを開き気が付く、自分のイニシャルの刺繍が入っていることを。 「フローラ。まさかこれ僕のイニシャル? え? 君が?」 「ええ。サイモンがいなくて時間を持て余してしまって。気がついたら沢山出来てしまったの。貰ってくれると嬉しいのだけど」 「ああ! ありがとう、嬉しいよ。本当に嬉しい。君からのハンカチをずっとポケットに入れて身に着けておく。お守りだ」  サイモンは思わずフローラを片手で抱きしめると、おでこに唇を落とした。  フローラはビクリと肩を揺らし、恐る恐るサイモンを見上げる。  頬を赤らめた二人は四阿の中で夕日に照らされていた。  フローラの髪をひと房手に取り、口元に持っていく。そのひとつひとつが、フローラの心臓を跳ね上げる。 「フローラ。君をさらってしまいたいけど、今は出来ない。ずっと、僕は君だけを想っている。それだけは信じてほしい」  フローラの手を取り、焦がれるような視線を絡ませる。 「サイモン。私もあなただけよ。ずっとここで、信じてまっているわ」  サイモンはフローラのおでこに自分のおでこを当て、互いの肌のぬくもりを確かめるように、何度も何度も擦り合わせた。  幼いながらも世界で唯一の人と認め合い、支え合い、未来を思い描く。  今この時が二人にとっての全てであった。  この幸せが崩れることなどないと信じていた。  二人の歯車が崩れ始めたのは……いつからだろう?
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