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起
闇夜を女の悲鳴が切り裂いた。
断末魔にも似たその叫びは、己の胎内から赤児を捻り出そうとする苦しみで満ちている。
悲鳴と悲鳴の合間には、荒い呼吸が夜のしじまを脅かす。
叫び声が、長くながく尾を引き、消えた。
ほんの僅かな無音の後、突然、赤児の力強い鳴き声が響き渡る。
「……嗚呼」
先ほどまで叫び声を上げていた女は、激しい息遣いと共に掠れた声で安堵の言葉を吐く。
「おのこでございますよ。姫さま」
囁く声の方に女が首を巡らせてみれば、産み落としたばかりの汚れた赤児が、臍の緒を長く伸ばしたまま黯い室の微かな灯りに、ぬらと照って見えた。
ちらりと一瞥をくれた後、少し笑う。
「……醜いな」
「姫さま、まだ油断はなりませぬ。このあとまだ後産がございます。気を確かになさいませ」
疲れて微睡みそうになる女に、声が掛けられる。
「まだあるのか」
まだ、続くのか。この痛みと苦しみが。
そう思った途端、終わったはずの痛みがまたしても身体を引き裂く。
叫ぶ。
呪詛の言葉を撒き散らす。
「……なんと」
赤児の鳴き声が、再び夜のしじまに、谺した。
「まさか妾が畜生腹であったとはな」
掠れた声で、絞り出した言葉を吐き捨てる。
そして二人目の我が子に目を向けると、低く笑いながら言った。
「妾の産んだのは、ひとり。それは、赤児ではない。誰ぞの呪詛の塊であろう」
今しがた産み落とされた赤児を、更の布で包み胸に押し抱いた者は、ゆっくりと頭を下げた。
「……仰せのままに」
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