⑴ アルチンゲール

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 フィレンツェ!  こんなところに、その町の名前が飛び出してくるなんて思いもしなかった。  それは、ぼくがこれから住む町の名前だった。お父さんの仕事の都合でぼくたち家族は、夏からイタリアのフィレンツェに行く予定になっていた。  イタリア行きを知らされたとき、ぼくは一番に直樹に報告をした。 「一年ちょっとで帰ってくるんだけどさ」  すると、サッカークラブに入っている直樹は「すっげ! すっげ!」と言って興奮した。 「イタリアのどこに行くの?」 「フィレンツェだって」  ぼくが答えると、直樹のテンションは見る間に下がった。 「なんだよ~。ミラノじゃないのかよ~」 「ミラノになにがあるんだよ?」  ぼくが聞くと「ミラノだったら、インテルもあるし、ACミランもあるじゃないか」とほっぺたをふくらませた。  インテル、ACミランっていうのは、イタリアのサッカーのプロリーグ、セリエAのチームのことだ。二つとも、チームの本拠地がイタリアの北部に位置するミラノという町にある。 「せめてトリノだったら~」  そう言って、残念がる直樹は、トリノにもユベントスという強いチームがあることを教えてくれる。トリノは、冬季オリンピックが開催された町なので、ぼくも聞き覚えがあった。 「フィレンツェにはサッカーチームはないの?」 「あることは、あるけど……」  そう言って、くちびるをとがらせるところを見ると、お気に入りのチームってわけじゃないんだな。 「まあ、せっかくイタリアに行くんなら、サッカーチームに入ったら?」  と、直樹はすすめてくるけど、休み時間にボールをける程度の経験しかないぼくが、サッカーの本場のチームに入ってついていけるとは思えない。  直樹だけでなく、クラスメイトのほとんどがイタリアに対するイメージはその程度で、フィレンツェがどんな町なのか知っている子はいなかった。  未知なる町、フィレンツェ。 (アルチンゲール……じゃなかった。ナイチンゲールが生まれた町にぼくは行くのか)  なんか、しみじみ運命を感じる。
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