標的

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 父は僕の人生を使って二度目の人生をプレイしている。    父は高三の春、難関といわれるS大の受験に失敗し浪人している。しかし翌年も受験には失敗。結局、普通の大学に入り、普通の企業に就職した。  その事がコンプレックスなのか、父は、物心がついた時から暇さえあれば僕に勉強をさせてきた。  それは今でも変わらない。  友達と遊ぶ事さえ許されず、僕は今日もまた机に向かっている。 「貴之、今日は何時間勉強した」  仕事から帰宅した父が僕の部屋のドアを開ける。 「…二時間です」 「少ないな。学校から帰ってきてすぐに勉強を始めれば四時間はできるだろう。なにをしていた」 「頭痛が酷くて休んでまし……っ」  言い終える前に拳が飛んできた。   「たかが頭痛で二時間も無駄にしたのか?体調なんかどうでもいい。勉強を優先しろ。勉強をしないお前に価値などない」 「…すみません」  部屋を出ていく父の背中を眺めながら、父親としてあるまじき発言だな、と呟く。    中学生の時、一度だけ反抗した事があるが、怒り狂った父は僕が意識を失うまで殴り続け、止めに入った母までも殴り倒した。  母はその日の夜、姿をくらませた。  くだらないプライドで、僕から人生だけでなく、母親までもを奪った父に殺意を覚えた。  憎くて仕方なかったが、力に差があり過ぎる。  僕には従うしか選択肢がなかった。 「貴之、お前、進路はどうするんだ?お前の実力ならS大も狙えると思うぞ」  HRが終わり、帰る準備をしていたら担任の鈴木先生が声を掛けてきた。  もう高校三年生の折り返し地点だ。本格的に進路に向けて動き出さなければならない。 「S大にいきます。滑り止めは受けません。願書も既に準備してますので」  それだけ言うと僕は歩き出した。早く帰って勉強しなければあのクソ親父にまた殴られる。そんなの勘弁だ。  家に帰り、すぐに勉強を始めた甲斐あってか、今日は殴られずに済んだ。  次の日も、またその次の日も、家に帰ってすぐ勉強。少しでも時間を無駄にすれば殴られる。  そんな日々が続いた。
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