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祖父は、私たち家族一人一人に遺書を残していた。それを母から受け取ったとき、私はまだ祖父の死を受け入れきれていなくて、開くこともなく勉強机の引き出しの奥に仕舞い込んだ。
私はしばらく、写真を撮ることもせずに暮らしていた。夜に布団の中で涙を流すこともしょっちゅうだった。
ようやくアルバムに増えた写真は、中学校の校庭に咲いていた桜の木だった。
中学生になった私は、写真部に入りまたカメラを構えるようになった。
心の傷もほとんど癒え、また写真を撮っては、たまに祖父の仏壇の前でその写真について話すようになった。反応が返ってくることはなくても、なんともいえない満足感で胸を一杯にできた。
そうして立ち直ってきたところで、私は引き出しの奥から祖父の遺書を引っ張り出した。
窓を開け放して、爽やかな初夏の風が吹き込む部屋で椅子に腰掛け、まずはしばらく両手で手紙を持って眺めていたのを覚えている。
それから深呼吸を二、三回して、やっと封筒を開いたのだ。気分は、不思議なくらい凪いでいた。
中にはシンプルな便箋が一枚、懐かしい達筆な文字が綴られて入っていた。
『ゆうちゃんへ
ゆうちゃんはいつも、たくさんの素敵な写真を見せてくれたね。
写真は、自分の思いを込めれば込めるほど綺麗になります。
どうか、それを忘れないで。
ゆうちゃんの写真は、いつもキラキラと輝いていました。その輝きを分けてくれて本当にありがとう』
祖父は、どちらかというと寡黙な方だった。だから、遺書にしては簡潔なそれに逆に「らしさ」を感じて、その時、私は多分頬を緩めていたと思う。
その後見上げた空の夕方の蜜柑色と夜の紺色のグラデーションが綺麗だったから、私は窓からカメラを構えて写真を撮って、アルバムに加えた。
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