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第四話 夜這い ※
翌日、真咲は自分でも呆れるほど少ない手荷物だけで新居に引っ越しをした。
夜にはサリックス――このネコ科専用学生マンションの名前で、ネコヤナギの学名――の先住の四匹が、真咲の部屋に集まって歓迎会を開いてくれた。彼らは始終行儀よくふるまい、真咲はすっかりリラックスした気持ちになっていた。
男子学生専用マンションだというから、正直、もっとだらしない展開になるのだと思っていた。近隣から苦情がくるほど騒ぐとか、ところかまわず吐くとか。これまで過ごしてきた施設では、そういう姿をいやというほど見てきたから。
しかしサリックスの面々は、未成年の真咲に無理に酒を勧めることもせず、常識的な時間に切り上げ、全員で手分けしてきれいに片付けて自室に戻っていった。
真咲はゴミ袋を結びながら、最後まで残って皿を拭いていた澄々木玲に声をかけた。
「ありがとう、あとは自分でやるからいいよ。澄々木ももう部屋に戻ったら?」
「別に、なんの予定もないからいい。紺野さんと丹色さんはこのあと一緒に過ごすんだろうし、シオンは夜のパトロールだからさっさと帰ったんだよ」
――紺野と丹色は恋人どうしだと、シオンが言ってたな。でもシオンのパトロールとは?
「シオンは決まった相手がいないから。見境なく楽しんでるんだよ」
「……ああ、そうなんだ」
「黒羽も好きにやるといい。学生寮と違って門限もないし、自己責任の範囲で。ただし、誰かれかまわず連れ込むのは防犯上の観点からもあまり勧めない」
「澄々木も好きにやってるのか」
「俺は、別に。親が不動産屋で、それを手伝ってるからあんまり遊んでる暇はない。……玲でいいよ。みんなそう呼ぶから」
「うん。じゃあ、俺のことも真咲でいい」
「わかった」
玲は拭いた皿をていねいに戸棚に収めた。そのまま玄関に向かう。最後に少しだけこちらをうかがうようなまなざしを向けてきた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
静かに玄関のドアが閉まり、真咲は一人になった。
座り心地のよいソファに沈んで今日一日を反芻してみる。まっさきに澄々木玲の顔が思い浮かんだ。初対面の印象では不愛想な男だと思ったが、つきあいにくいわけではなさそうだ。新生活の滑り出しは上々。真咲は満足していた。
そのとき、ローテーブルに放り出していたスマホが震えた。玲に登録するように言われた、サリックスの住人どうしのグループチャットに新着メッセージがあるようだ。
――シオン?
シオンから真咲だけに宛てたダイレクトメッセージだった。真咲はチャット画面を開いた。
”真咲、おつかれさま。いま一人?”
”うん。みんな帰ったよ”
”そっちに行っていい?”
しばし手が止まったが、すぐに返信。
”いいよ。どうした?”
既読はついたが、その後の返信はなかった。どうしたんだろう、と思う間もなく玄関のドアが小さくノックされる。インターホンではなく密やかなノックだった。
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