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ドアを開けるとシオンが立っていた。向かい合うと真咲より十センチほど背が低い。髪に湿り気があって、ほのかに石鹸の匂いがした。シャワーを浴びたのだとわかる。先ほどまでの無邪気な様子が嘘のように、うつむいて目を合わせようとしない。
「ごめんね、真咲。もう寝るところだった?」
「いや……まだ寝ないけど。入んなよ」
そう言いながらシオンを招き入れると、するりと脇をすり抜けてリビングに入っていく。ぴょんとソファに飛びのって膝を抱えて座る様子は、本当に猫のようなしぐさだ。襟ぐりの広い七分袖のTシャツからのぞく喉もとや、ショートパンツから見える体毛のない脚が妙に艶めかしい。真咲は落ち着かない気持ちになって、彼から距離を取りながらベッドに腰かけた。
シオンが抱えた膝に顔をうずめて小さな声で独りごとのようにつぶやく。
「ごめん、我慢できなくて来ちゃった」
「えっ」
「真咲はないの? やりたくてやりたくてたまらなくなる時期」
「……」
――いきなりどうした。そんなのは、健康な男子ならば毎日のことだと思うけど。
真咲が黙っていると、シオンは弱々しく笑う。
「すっごい俺の好みなんだよね、困ったことに」
「……えっ」
「昨日初めて見たときから。顔も体つきも、声も匂いも。たまんないよ」
「……」
「真咲のことを思い出しながら自分でやってみたけど収まらない。……同じフロアにいるんだと思ったら我慢できなくて」
なんと答えるのがいいのか。真咲は頭をかきながら言葉を探した。
「……ずいぶんストレートに言うんだな」
「男はダメ?」
「ダメというわけではない」
実のところ、真咲は男でも女でも、つきあう相手に頓着がなかった。来るもの拒まず、去る者追わず。一人の相手に執着したこともない。シオンは真咲の答えに「よかった」と小さく笑ってそっとソファを立って近づいてきた。
「抱いてくれなくていいんだ。……手伝ってくれたら、それでいい」
そう言いながら真咲の前に座る。
「……舐めてもいい?」
真咲が拒まないことを確認して、シオンはそっと真咲のジッパーを下ろす。すでに頭をもたげかけたものを小さな手でくるまれ、温かい舌でなぞられて、真咲は息をのむ。
「敷島先生から聞いたかもしれないけど」
シオンが熱い息を吐きながら話す。唾液がつっと糸をひく。
「ネコ科って男しかいないじゃん? だからなのか分かんないけど、ネコ科どうしのセックスをしちゃうと、女の子とじゃ満足できなくなるんだよ」
真咲のものを口に含みながら、シオンは自身のショートパンツの中に手を差し入れている。大きく開いたTシャツの襟ぐりから彼の平たい胸が見えた。そこに形のよい小さな突起を見つけて、真咲は一気に高まってしまう。
――これは、視覚的にヤバい。
「ねえ真咲。ちょっとだけ、獣身になってもいい?」
「獣身?」
「やったことないの? こういう感じだよ」
シオンが真咲の顔をじっと見つめた。驚いたことに、彼の大きな茶褐色の目のなかで、瞳孔が縦長にすうっと変化した。まさに猫の目だ。舌の感触も変わる。ざらりと舐められて真咲は思わず声を漏らした。
「……あぁっ」
「ごめん、痛かった?」
「……痛くない、大丈夫。むしろ……ヤバい」
「ふふっ、よかった」
「なあ、人から獣身になるのってコントロールできるのか」
「できるよ。真咲は何も知らないんだね。これまでエッチのとき、どうしてたの?」
「……」
シオンに言われて、真咲はあらためて気づいたことがある。経験がないわけではない。しかし――。
「あんまり集中しすぎると自分が自分じゃなくなるような気がして……セーブしてた」
「もしかしてエッチで達ったこと、ないの?」
「あるけど、なるべく興奮しないようにしてた」
――だから、周囲が言うほど気持ちいいと思ったこともないし、積極的にしたいとも思わない。
「もったいないね」
シオンがひっそりとしのび笑いを漏らして、思わせぶりに猫の目で見つめてくる。
「少しトレーニングすれば、すぐできるようになるよ。楽しいからオススメ」
「そう、なのか。……あっ、ちょっと待てって」
いちばん敏感なところを舌で責められて、真咲は思わずシオンの頭を抱えて押しつけた。シオンは湿った音をたてながら、さらに押してくる。
「達っちゃえばいいじゃん。俺もたまんなくなってきたよ」
「それは――」
――怖い。自分を見失いそうで、怖い。
シオンは真咲の思考を見透かすように、楽しそうに笑った。
「怖くないよ」
「う、あっ」
「いいよ、出して。飲んであげる、全部」
(つづく)
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